セカイよさようなら

Third Voice. まっしろ、です




 まっしろ、です。



 目はちゃんと見えています。
 耳もちゃんと聞こえています。
 もちろん匂いだって嗅げるし、熱いお湯に触ったら、熱いと感じられます。



 でも、まっしろ、です。




 わたしは、どこのだれで、なんという名前だったでしょうか。









 
 まず目が覚めたあと、急に見知らぬ女の人に抱きしめられました。
 次に、男の人。
 どちらも三十歳後半…くらいです。
 知っているような、知らないような。
 辺りを見回せば、病院の、ベッドの上のようでした。


「……わたしの、しっているひと…ですか?」



 
 そう聞くと、女の人は目を見開き、近くにいるお医者様に、何か言いました。
 お医者様は、首を振りました。
 男の人は、唇を震わせながら、お前の、父親だよ、と言いました。
 女の人が、息を呑みました。


 ……ぱぱ…?…じゃあ、まま…?

 
 女の人を見て、そう聞きました。
 すると、女の人は、ぱぱに寄り添って、震えながら頷きました。
 じゃあ、この女の人は、まま、です。 
 それでも私はまっしろでした。
 

「ごめんなさい…おもいだせない…」
「…カナ、…おまえは…交通事故にあったんだよ。…生きていて、良かった……」

 ぱぱは、涙で目を濡らしながら、そう言いました。
 私は、まだ実感がわかないでいました。
 酸素マスクがつけられているし、チューブもたくさんつながっているし、
 きっと、おおきな事故だったんでしょう。頭がボーっとしています。
 ふと、ガラス越しに、私を見つめている男の子と目が合いました。


 私の、まっしろに、セピア色が混ざりました。


 ……あのこ、だあれ?パパ。と、聞こうと思ったのに、
 眠気が戻ってきました。
 私は、もう一度、目を閉じて、まっしろのセカイに戻りました。



 
 *




 香奈の叔父は、息をきらす拓也の前で、目を細めた。
 バスケが得意で、無口で、とても優しい幼馴染。 
 香奈に会いに行くたびに幼馴染の拓也という少年の話はよく聞かされた。
 まさに香奈が言うとおりの、少年のようだ。
 
「…拓也くん…だったね?香奈から…よく話を聞いていた…。」
「…あの!カナは…!」

 ガラス越しに眠る香奈に目を向けながら、拓也はまくしたてた。
 叔父は、それをなだめるように手を、拓也の肩に置く。
 拓也はハッとした。叔父の手が震えていたのである。
 
「………記憶が、一切ないようなんだ。私たちの記憶も…君の記憶も…」

 その言葉に、拓也は、しばし呼吸を忘れ、目を見開いた。
 叔父は、顔をゆがめ、奥歯を噛み締めた。

「………戻ることは、ないんですか?」

 拓也は、震える声で、すがるような瞳で、叔父を見た。
 叔父は目を逸らしたくなった。

 ――タクは冬生まれなの。だから私よりちょっと年下なんだよ。
 
 香奈の声が、脳裏に蘇る。まだ季節は秋。彼は十二歳のはずだ。
 幼い少年に、自分は今、もっとも酷なことを告げねばならない。
 叔父は覚悟を決め、唇を開いた。

「……拓也くん。どうか、あの子を、このままにしておいてくれないか。」
「え…?」

 苦々しげに紡がれた言葉に、拓也は身体を固くさせた。
 叔父は、目を伏せ、続ける。

「以前の…君との記憶には、香奈と父親の記憶も混じっている…それを、思い出させたくはないんだ。
 香奈は、落ち着いたら、私たちと一緒に生活してもらう。
 香奈の家と、私たちの今の家も引き払って、山奥の小さな町に…。
 香奈も、きっと静かに生活できる。だから、」

 拓也は、体中の血が冷えていくような気がした。

「………俺とは、もう…二度と、会えないんですか…?」

 叔父は、すまない、と苦々しげに言った。
 後ろで、妻が涙をこぼしながら、ごめんなさい、と呟いている。

「……君は…ここにはもう、来ないでくれ…頼む。香奈の、ためなんだ。」 


 その言葉に、拓也は、しばらく俯いていた。
 だが、しばらくしてゆっくりと、真っ直ぐに、叔父を見上げた。
 素直で、純粋な光を帯びる瞳で。
 薄い唇が、開かれる。
  
「そうすれば、カナは、幸せになれるんですよね?もう、殴られないで、すむんですよね?
 笑って、くれるんですよね?」
 
 拓也のはっきりとした声に、叔父は、深く頷いた。
 絶対に、香奈を守ってくれ、と。拓也はそう願っているのだ。
 ありがとう。叔父は、呟いた。
  
「勿論だ。香奈は私たちの子ども同然だ。幸せにする。」
「……分かりました。」

 拓也は、一瞬、ガラス越しに香奈を見つめてから、
 すぐに背を向けて、振り返ることなく、走り去って行った。
 
 







 まっしろのなかに、セピア色が混じりました。

 つぎに、音が聞こえてきました。

 ボールの弾む音です。




 そして、声が聞こえました。








「ちょっと待ってろよ。すぐ終わるから。」










 とても、切なくなりました―――――――










- 終 -


◇一言感想※まだLastがありますが、これにて「セカイよさようなら」は完結となっています。

NAME STORY※作品名は消さないで下さい。

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