セカイよさようなら
「Happy christmas!!」
わたしはにっこりと微笑んで、歌うように言葉を紡いだ。
可愛らしく見えるようサンタの帽子をつけた頭をかしげて、
ソファーの上で本を読む恋人に声をかけた。
「……頭の悪そうな発音…」
ちらりと目線をあげて、何を言うかと思えば…。
いや、予想はしてたけど。
「拓也……それしか言うことないの。」
「……お前ちゃんと単位とれてるのか?」
「うーるーさーいっねえっなんか言うことないの?!」
「そのふざけた格好で俺の家に来たのか。」
私は思いっきり持っていた袋で恋人の頭を殴ろうとしたが、
ひょい、と本で交わされてしまう。
横文字の、本。見ただけで吐きそうになった。
「ちがうもんっ友達が出かけるついでだからって
車で送ってくれたのっ」
ふうん…と彼は呟いて。
再び本に視線を戻した。
「帰り。」
「え?」
「帰りはどうするんだ?」
かちーんと思考がストップした。
そんな私の手には袋と数千円の財布のみ。
着替えなどをもっている様子は無い。
友達がそういえば失笑していた。
「…頭悪いな…」
不憫そうに眉をひそめて、拓也は言った。
「う、うるさいっ」
「その馬鹿げた格好をして、俺にプレゼント貰うことしか考えてなかったろ」
「………だってっ!拓也驚かせたかったんだもんっ!」
「やることが幼稚すぎる。」
「……」
ときどき、私は不安になることがある。
この男は果たして自分のことを恋人としてみているのだろうかと。
無愛想、無慈悲、無感動といった言葉がぴったりな彼。
じゃあなんでスキなのかと言われると…困る。
大学の体育館で黙々とバスケをする彼を
いつのまにか好きになっていたのだから。
「………だって、こうでもしなきゃ、拓也あたしの相手してくんないじゃん。
せっかく留学先から帰ってきてるのに、私の相手してくれるのかと思いきや、
ずぅっと本ばっか!しかも横文字っ!」
「はいはい」
「…って本読んでるしっむっかー!」
「これ読んでおきたいんだよ。」
「知らないもんあたしには関係ないもんだからプレゼント頂戴」
ひょっと手を出して、にこにこ笑いながら言うと、
拓也は台所の方と箪笥に眼を向けて、ふう、と息をついた。
「……ねえよ。」
「……じゃあ。バツゲームする。」
「はあ?」
「……するからね。」
すごんだ声で言うと、何をしでかすのかと
呆れた顔をする拓也に私はさっさと帽子を外して、拓也に投げつけた。
帽子を顔からはがすと、ふわりと甘いにおいが自分を包む。
拓也はぱちくりと瞬きをした。
「…なにやってんだよおまえ。」
「おんぶおばけ。」
おんぶではないだきついているだろう。
そんなつっこみ、きいてやんない。
私は拓也を正面から強く抱きしめていた。
離す気配がないので、拓也はため息を吐きつつ、
左手で私の髪の毛をなでた。
…む。まだ本離してくんない。
「……ねえ、名前で呼んで。」
付き合い始めて、もう二年。
「は?」
「あたしの名前。名字でしか呼んでくれないじゃん。」
拓也が口をつぐみ、沈黙が流れる。
「………今日は、呼ぶまで離してあげない。」
「家、帰れ。」
「いーや。だって今日お父さんとお母さん旅行だし。
いっぱいひっついてても平気だもん。」
「……襲われたいのか。」
「………いいよ。べつに。拓也なら。」
「帰れ。」
…ちょっとまて。
いま、拓也は一寸の躊躇いもなく、否定しなかったか。
あたしはかあっと頭に血がのぼった。
「っ!なによ!もうちょっとためてから返事してよっなんで即答なのっ
頑張って言ったのにっ」
「邪魔。本読めない。」
本当に邪魔なようで、拓也は私をはがしにかかった。
ぜったい離れてやんないっ
こうなったら意地だといわんばかりに私は拓也を抱きしめる腕に力を込めた。
「だったら名前呼んでよっ」
「………バカナ。」
少しの沈黙があった。でも、その沈黙の先の言葉によって、
ちょっとあった期待が、がらがらと崩れた。
「ひっどーいっ!!ちゃんとよんでちゃんとっ!!」
「べつにいいじゃねえか名前ぐらい。」
ぶう、と頬を膨らませて。抱きついたままの姿勢で怒鳴る。
拓也が眉をひそめたのが、手に取るように分かった。
「よくないっ好きな人には名前でよばれたいもんっ」
「ふーん。あ、そ」
返って来た冷めた返答に、私はますます頬を膨らませた。
「もういいっ離さないっぜーったい離さないっ」
「…勝手にしろ…」
嘆息を漏らした拓也の頭を、きゅう、と抱きしめる。
「………ねえ、拓也?あたしは、いなくならないから。」
少し、ほんの少しだけ、拓也の肩が強張った。
私は息を詰めてから、もう一度吸った。
「拓也、カナちゃん≠ずーっとすきでもいいよ。一番はゆずったげる。二番でいいの。」
ぎゅ、と力を込めて、声が震えないように頑張って。
「なんだよその自信」
「期待していいでしょ?だって、ほんとうにわたしのこと嫌いだったら、
告白したときふればいいのに、おーけーしてくれたもんね。」
「あの剣幕で断れ、と?」
「言えた筈よ。拓也はいつだって自分の芯を曲げないじゃない。
嫌なものは嫌って言うでしょ。」
息を呑む気配が伝わってきた。
「………なんで」
「ん?」
ぱたん、と拓也が持ってる本が閉じられる。
空いた手は、床に置いてある。
「なんで俺なんだよ。」
「え?好きだからだよ?」
「…」
「拓也が、好きだよ。」
「……」
急に強く抱きしめられたかと思うと、視界が反転した。
いつのまにか上にいる拓也をきょとん、と見つめ返す。
「……馬鹿」
その瞳の奥にある揺れる光。
それを見つけたわたしは、無造作に手を伸ばして、拓也の頬をなでた。
「わたしはぜったい消えないから。だから、拓也の傍に居させて?」
その言葉に答えはなかった。
代わりに、唇がふさがれる。
すこしびっくりしたけれど、わたしは目を閉じて、それに応えた。
かたかたと冬の風が窓を揺らした。
拓也はゆっくりと身を起こして、隣で寝息をたてる少女の頭をなでた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「………信じられねえんだよ。お前との、約束は。」
あのとき、諦めたはずだったのに。
なんで俺の前に現れた?
また、あの辛さが繰り返されなければいい。
ただそれだけを
祈る。