神の杜
2
「遅い」
大鳥居の柱に背中を預けながら、蒼牙は不機嫌そうにこぼした。
「翔と彰高なら来たぞ」
大鳥居から境内に入ると、左右に坂道がある。一般道だ。その左手の坂道を、少年が二人手を振りながら歩いてくる。手を振り返しながら、新は蒼牙を見る。
「桜たちのことか?女の子は支度がおせーんだぞ」
「………来た」
「え、どこ」
「階段の下。神代が階段登ろうとしてるのを篠田と嘉藤がとめてる」
蒼牙が指さした先に、なるほど、浴衣を纏った三人の少女がいる。その中で一番小柄な少女が、顔を真っ赤にして手をぱたぱたさせていた。いつもの癖で階段を上ろうとしてしまったんだろう。すぐに横の坂道の入口へと三人の姿が姿が消える。
「じゃーんっ」
悠と遼子がそれぞれの浴衣の袖をもって決めポーズを作る。悠は橙色の生地に蝶が舞い、優雅な毬が描かれた浴衣。遼子の浴衣は紺色の生地の上、裾と袖に朝顔がたおやかに咲いている。
「ちょっと桜ー?なにしてるの」
二人の後ろに引っ込んで隠れている桜を、遼子が無理やり前に押し出した。狙ったのか偶然か、蒼牙の目の前に。
桜は頬を染めてうつむいた。浴衣は珊瑚色から朱色のぼかし染めの生地で、撫子の花が咲き乱れている。帯は黄色で背中の真ん中にリボンができあがっていた。髪も常のように下ろしたものではなく、おだんごである。
蒼牙がなにもいわないので、桜は恐る恐る顔をあげた。蒼牙と視線がつながる。
「…」
「…」
蒼牙は桜から眼をそらし、被っていたキャップを深くかぶって新と彰高の方にすたすたと行ってしまった。その背中を、桜は真っ蒼な顔で見詰めた。
「や、やっぱりおかしかったんだ…っ」
「いや予想以上の反応だったわ…」
しっかり蒼牙の一挙一動を見ていた遼子は感慨深げにそう返す。桜は半泣きできんちゃく袋を握りしめた。
二の分家から贈られたこの浴衣は、雪矢の許嫁、菜々子が選んでくれたものだ。桜は綺麗な柄や色にうっとりしたが、同時に果たして似合うのかどうか不安になってしまった。加えて、胴が細いために腰にタオルを巻いているのだ。不格好に見えるのかもしれない。
遼子はからりと笑って口火を切った。
「えー似合ってるわよお。ねえ翔先輩」
「めっちゃ可愛いでっお化け屋敷俺と組んでなっ」
「何言ってるんですか先輩。組むも何もありませんよ。制限人数8人以下なんですから。あたしら余裕じゃないですか」
「…普通お化け屋敷って二人とかじゃあらへんの?」
さあ知りません。そっけなく返す遼子の声が、少し遠い。桜はどんどんしぼんでいく気持ちをもてあましながら、手を引く悠に笑いかけた。
だが、長年の勘で桜の沈んだ様子に気づいた悠は、あたりを見回してからぱあっと顔を明るくした。
「桜、ぬいぐるみすきだったよな?」
「え?あっうん」
「おっしゃーっ新ッ射的で勝負だ!」
「がってん承知!!」
「狙うはあのあらいぐまだー!!」
桜が止める間もなく悠と新、そしてお祭り好きな翔が加わる。蒼牙と彰高は見物に徹するようだ。
「あ、ねえ桜。露店っ見よっ」
「うんっ」
射的の横にある露店を遼子と共に覗き込んで、二人は同時に歓声を上げた。綺麗な玉飾りがついた簪や手鏡、櫛などがずらりと並び、きらきらと輝いていた。
遼子はアクセサリーが並んでいる場所にしゃがんで、目を輝かせながらそれらを手に取っている。
簪に見入ってた桜はふと小さな丸い鏡に目をとめた。
「わぁ…」
小さく声をあげて、そうっと鏡を手に取る。裏に反してみると、細やかな花の透かし彫りが施され、色とりどりの小さな珠がひかえめに散りばめられている。
(綺麗…)
うっとりとしていると、射的の方で歓声が上がる。悠の声だ。桜を呼ぶ声が聞こえてくる。桜は慌てて鏡をもとにもどして、遼子と共に射的の店へと急いだ。
一通り夜店を満喫した後、本日のメイン(翔曰く)のお化け屋敷へと向かった。境内の脇にある林に、『肝試し』と看板がかかっている暗幕のテントがあった。
「『肝試し』へようこそ〜」
大学生くらいの青年がいそいそと手招きをする。七人はそれに従って入口の前にたった。
「この暗幕の中を出て、参道を通ってくるだけです。ちょうど林の中を一周する感じですねー」
頑張ってください。と見送られ、彰高、蒼牙、新、桜、悠、遼子、翔の順番で暗幕の中に入った。目の前に広がるおどろおどろしいセットに、桜は多少びっくりしたものの、本物を日常的にみているのでなんとなく怖くはなかった。おそらく、蒼牙達もそうだろう。
それよりも、足もとが暗くて見えないのが難儀だ。
「結構本格的なセットですねえ」
「あ、彰高、なに平然としてるんや」
「おーこれおもしれー」
「えー怖がってますよ?…あ」
何かに気づいた彰高が立ち止まり、少し横にずれた。何かを察知した蒼牙もとびのく。後ろの四人もざざっとそこから離れた。
刹那。ぐちゃっとした鈍い音が響く。
「……なんか顔に貼りついてんねんけど」
「あーコンニャクだろー?」
新が灯篭から舌を出す妖怪のセットをいじりながら生返事をする。その横で蒼牙はあくびをしていた。
こんにゃくの貼りついた面白い顔をとりあえず見てやろうと振り向いた新、蒼牙、悠、遼子は顔をゆがめた。翔の顔にはりついている物体がぞぞぞと動いていたからだ。
「……アメフラシ、なんやけど」
アメフラシ。海ネズミ。警戒すると紫色の液体を出す。軟体動物で、見た目はぬめぬめしていて、かなり気持ち悪い。
「……とって、くれへん?」
「〜〜っぎゃああああああああああああっ」
間を置いて絶叫が響き渡り、蒼牙達は一目散に駈け出した。翔が慌ててそれを追いかける。
「ちょ、待ってえな!!おわああナマコーーーーーッ!!!」
「来んなーっ!!!」
悠の叫びに一同心から賛同しながら全速力で参道を走り抜け、再び暗幕でできたテントに入り、やっとで出口に出る。折り重なるように出てきた蒼牙達をにこにこしながら係りの男が声をかけた。
「どうでしたー?肝試し。そんじょそこらのとはスリルが違ったでしょう」
「楽しめるかっ」
ぜえぜえと息をきらしながら、一同は立ち上がって服に付いた土ぼこりを払い始めた。
そんな中、悠はあることに気づく。慌てて周りを見渡した。いない。
「…桜は…?」