神の杜

第 1 3 話 縛 め の 楔


 2

「いーいっあんたはストーリーが分かってないんだわ!流れよ流れ!!あんた一人が舞うんじゃないのよ?!桜ちゃんと呼吸を合わせて踊らなきゃいけないのっ」
「分かってるって!」
 演習を始めて十日。かわりばえのない怒号の掛け合いが演舞場に響き渡っていた。
 桜は体調が芳しくなく、今日は座ったままで扇を持ち、手の動きのみを練習していた。しかし、その騒々しさに、思わず手をとめてしまう。
 あきらとともに蒼牙の指南をしていた雪路は、小さく息をついてから、あきらの頬を思いっきり引っ張った。
「あにすんのよっ」
「喧嘩腰で教えるから訳が分からなくなるんだろう。本当に、教えるのが下手だな」
「うっ」
 雪路の言葉にあきらが目を三角にする。第二ラウンドが開始されるかと思われたその時、使用人の若い女性が現れて、東海家よりあきらに急ぎの連絡があると告げられる。
 あきらは舌打ちをして、荒々しくその場から消えた。雪路は肩をすくめて、蒼牙を見下ろした。蒼牙は居住まいを正す。
「おおまかなあらすじは暗記できているのかな?」
「あ、はい」
「じゃあ聞かせてもらってもいいかい?桜もこちらにおいで」
「はいっ」
 桜はぱっと顔を明るくして立ち上がった。ふわっと袖が揺れる。桜が隣に座ったことを確認すると、蒼牙は一つ息を吸って語り始めた。
「太古の昔。この土地が安らかで安心しきっている民草を戒めるために白神さまは醜い鬼に化け、土地を荒らした。けれどただひとり、神代の巫女だけがその真の姿に気づき、怒りを鎮めるように祈りを捧げた。巫女は白神さまに渡された剣で鬼の面を割る。……えっとそれで、鬼は神に戻り巫女と契りをかわす…ですよね?」
「うん完璧だ。はるか昔から、この土地の豊穣を白神さまに感謝し、民がこれからも健やかに生きてゆけるように願うものとして伝えられてきたんだ」
 雪路が満足そうにうなずくと、蒼牙は首をかしげた。
「でも…神楽の中では血筋が逆なんですね」
「?」
「本来なら白神さまの役は神代なんじゃないですか?」
「ああ。確かにそうだね…。……私も詳しくは分からないんだが、先人が端に男児の方が剣舞を美しく魅せることができると思ったんじゃないかな。……なんせ上代から伝わってるものだからね」
 聞けば、秘の神楽についての文献によると神楽の内容はこれと定まるものがないほど多種多様らしい。今舞っているものは平安時代中期頃になって神代、東海、日下の御三家がねんごろに話し合いコンパクトに纏めたものなのだ。本来ならば十幕以上にも上る壮大なものなのだという。
 それ故に、色々矛盾点も出てくるんだろう。と雪路は言いきった。
「へえ…」
 姉の説明よりも遥かに分かりやすい。蒼牙は手の中にある宝剣をなんとなく見つめた。
 その蒼牙の横で、桜がそろそろと手を挙げる。
「あ、あの兄さま…実は、その内容の中で、…わからないところがあるんです」
「なんだい?」
 桜は雪路の顔をひたと見つめて、小首をかしげながら尋ねた。

「ちぎりをかわすってなんですか?」

 清らかな笑顔を浮かべて、自分を見つめる妹に、雪路はしばし言葉を失った。桜の横にいる蒼牙はがくっと肩を落としてしまう。
 ぴん、と雪路と蒼牙の視線が繋がった。

「…」
「…」

 桜は微妙な沈黙に瞬きをして、蒼牙を見る。蒼牙の口元がひくっと動く。だが、咳払いをひとつして気を取り直し、当たり障りのない答えを言った。

「…結婚、すること。うん」
 それから、助けを求めるように雪路を見る。雪路ははっと我に戻り、すこしどもりながら言葉を紡ぐ。
「あ、ああ。神の嫁になれるのは巫女だけだからね」




 
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