神の杜

第 6 話 水 に 煌 く


 1

 東海蒼牙は、畳の上にごちゃごちゃと広げた宝珠やら神具やらと睨みあっていた。かれこれ三十分はそうしている。蒼牙は考えはじめると、その場をてこでも動かない癖がある。答えを出さないと、納得のいかない性分なのだ。その孫の気性をよくしっている祖母の和歌子はにこにこと見守っているので、さしあたり問題はないらしい。
「和歌子。すまないが湯桶を…蒼牙、どうした?」
 居間に入ってきた祖父の冬芽は驚いたように、微動だにしない孫に声をかけた。いちおう考えがまとまってたのか、広げていた法具から小さな珠を手にとって、蒼牙は祖父を顧みた。
「いや…、神代家から護符の代わりになるものを、って頼まれたんだ」
「なに…?ああ、桜さまか」
 珠をためつすがめつしながら蒼牙は頷いた。
 先日、桜の持っていた護符が破れ、桜を守るものがなくなってしまった。すぐに代わりの護符をつくることができればよかったのだが、あの護符は強固な分、一度破られると作り直すのに半年はかかるらしい。だからその間をつなげるようなものをと当主の雪路が頼んできたのだ。
 自分や雪矢ができれば良いのだが、当主とそれに次ぐ者は御神体とこの町を守護する要。そうそうに霊力を削ぐことはできないらしい。前の護符は蒼牙の父親が作ったものらしいから、息子にその役目が譲られたというわけだ。
 複雑な心境ながらも、蒼牙はそれを受けた。父親は東京にいる。それに一応当主だから、簡単にはこちらにこれない。
「東京から持ってきたのも、ろくなのなくてさ。姉さんに頼むったってつくまでに時間かかるし」
 だから、蔵勝手に開けてあさったけど良いよね、となんなく告げる孫に、祖父はため息を持って首肯した。
「しかし…お前も一人前になったなあ。昔昔のその昔、あきらの使い魔にそそのかされて池に落ちた時とはえらい違いだ」
 蒼牙はがくっと肩を落とした。

◇ ◇ ◇

「…あーそりゃびっくりしたよなー。…悠とかは、初めて居合わせたとき、しばらく声でなくなったしな」
 竹刀を肩に担いで、新は苦笑した。蒼牙は片目を眇めて、武道室の入口に座り込んでいる新を見やる。
「……いつもあんな感じなわけ?」
「…俺が物心ついて、神代家に顔出してた頃からずっとだな」
 新の茶色の髪が風に揺れる。左手につけている小さな数珠を撫でながら、新は目を細めた。
 日下家は、神代家がこの地を守護するのを手助けする家柄だ。東海家のように主従の間柄があるわけではないのだが、やはりこの地を興した時代からの付き合いらしい。
 新はよく神代家に行くことがあったのだ。身体の弱い桜の遊び相手をするためである。
 けれど、離れで静かに遊んでいてもよく神代分家の者たちがやってきて、聞えよがしに幼い桜を罵倒していた。それも、桜の父親が存命だった時はまだ聞き流せるものだったのに、彼が死んでからはひどさが増してしまったのだ。
「…それでも、桜ちゃん泣き言ひとついわなくてなあ。……逆に俺に気を使って…」
 話しているうちに涙ぐんできてしまった新は鼻をすすった。隣に腰かけていた蒼牙はふうん、と声を漏らして、空を仰ぐ。
「…ふうんって蒼牙ー」
「…先代の次期当主は、神代の父親だったんだよな?」
「?ああ」
「母親は?」
 何気なく聞いたつもりだったが、新はめずらしく口をつぐんだ。目を泳がせている。あからさまに聞かれたくない雰囲気を纏っていたので、蒼牙は嘆息した。
「まあいいや。なあ、新」
「な、なんだ?」
「今度の日曜お前んち遊びに行ってもいい?」
「………へ?」



 
戻る   |    |  次頁