神の杜

第 3 話 四 つ 辻 の 怪


 5

「あの、先輩」
 桜は恐る恐る隣の蒼牙に声をかけた。頭からすっぽりと蒼牙の学ランをかぶっている。蒼牙が破魔の術を施したのだ。
「何」
「ほ、ほんとにこれで大丈夫なんですか?」
「五月蠅い。お前は黙って下がってろ」
「でも…」
「…下がれ
 ドスのきいた声で命令され、桜は反射的に返事をしていた。
「はい」
 蒼牙の隣からそろそろと離れて、窓に背中をつける。そしてあらためて現状を傍観した。


 中央棟の中央ホールには初代学院長の像が建っている。それを囲むように七人の子供が縛り付けられているのだ。胸に結界符が貼られ、像も入れて縛魔術で囲んでいる。
 怨霊七人に囲まれて、髪ひとつない学院長の顔が強張っているように見えた。像なのだが。
「…さて」
 蒼牙はワイシャツの袖をまくって、臨戦態勢に入る。七人の子供はまだ抵抗をしめすつもりなのか、蒼牙を睨んでいた。
「おまえらの心残り、教えろ」
「教えるかよっ」
 一番小さな男の子がかみつくように言うと、蒼牙は情け容赦なくその子供の頭をぶん殴った。
 声が届かない場所でそれを見ていた桜は思わず自分の頭を押さえる。
「あのな。ちんたらちんたらこんなとこで悪さして怨霊になって情けないと思わないのかよ」
「…兄ちゃんには関係ないだろっ」
「うるさい。俺じゃなかったらお前ら全部強制的に黄泉送りなんだよバーカ」
 なんとも乱暴な言葉に、七人の子供は息を詰まらせてお互いの顔を見合わせた。
「何時間でも付き合ってやる。願いも叶えてやる。どう?それでも話す気になんないわけ?」
 浄霊とは、霊に静かに優しく問いかけてこだわりをほぐすものであって脅すものではない、と新がこの場にいたらそう言っただろうが、残念ながら彼はいない。だからその場は完全に蒼牙の独壇場になっていた。

◇ ◇ ◇

 だんだんと日が傾いて、東の空が紺色に染まり始めたころ、蒼牙はやっと腰をあげた。そして最後に話を聞いていた少女の頭を撫でる。
 七人のいる場所から一歩下がり、高らかに柏手を二回。すると、どこからかほの白い炎があらわれて、七人をつつみこんだ。
 桜が息をのんで見つめていると、耳の奥にかすかな声が届く。

 ――ありがとう、おねえちゃん

 七人の子供が夕日に溶けるように消えると、ぐらっと蒼牙の身体が傾いだ。倒れこそはしなかったもののそのまま蒼牙は像によりかかった。桜が慌てて駆け寄り、顔色を見ると蒼白で、息も荒かった。
「先輩…あの…」
「まだ終わってない」
「だ、だめですよっ」
 反射的に叫ぶと、蒼牙は呆れ果てた顔つきで桜を見た。
「しろって言ったりやめろって言ったり、無茶苦茶な奴だなあお前」
 本当にその通りなので、桜は肩をちぢこませる。しゅんとした様子に、蒼牙は困り果てたように息をついた。
「大丈夫だよ。あと一回くらい」
 声音は落ち着いていた。が、どうしてもそれが無理をしているように思わせて、桜は恐る恐る蒼牙を見た。
「……あの、浄化はしたんですよね?あとは何を…」
「最後のあの子と約束したんだ」
「え?」
「ポシェットをさがして、それを母親に届くようにしてほしいって」
「あ…」
「母親へのプレゼントが入ってたんだって。死んだのは二年前らしいから、たぶんまだ校内に残ってる。物探しの術を…」
 桜は最後まで聞いていなかった。必死にさっき見た少女の記憶を引き寄せていたからだ。桜が黙りこくったので、蒼牙は首をかしげた。
「神代?」
「時計…」
「へ?」
 桜はひとつうなずいて蒼牙を見た。
「私が探しに行きます。先輩はそこで休んでてください」
「…お前が?」
 胡乱な眼差しを注がれる。それに桜はむっとしながら返した。
「もともと私が頼んだんですもの。少しくらいお手伝いさせてください。このくらいできます」
 そういって返事を待たず、桜は中央階段を小走りに昇って行った。危なっかしい足取りが段々遠のいていき、ある一点を過ぎると聞こえなる…と思ったが、なんとも鈍い音が響いた。
 蒼牙は目を細め、ぽつりとつぶやいた。
「…転んだな」
 頭をひとつ振って、周りを見渡す。ほんの少し薄暗い。
(夜になる前にけりつけられてよかった)
 そうなれば怨霊たちがそこらじゅうに溢れかえり、あの程度の破魔の術では桜を守れなかっただろう。
 よくやった俺。がんばった俺。ぶつぶつ言ってから蒼牙はやっと緊張を解いた。それから嘆息して、蒼牙は学院長の銅像を見上げる。漆黒の瞳になんとも言えない光が宿っていた。
 
「腹減った…」


-第3話「四つ辻の怪」終り-



 
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