神の杜

第 3 話 四 つ 辻 の 怪


 3

 中央回廊を進んでいくと、だんだん中央棟への入口が見えてくる。窓からは夕陽が注ぎ込み、回廊は比較的明るかった。
「みつかるかなあ」
「うんきっとみつかるよ」
 手伝ってあげるね、と付け加えると、少女はにぱっと笑った。それに笑い返して、顔をあげる。もう中央棟の中に入っていた。
 四つの回廊に囲まれた中央ホールはひんやりとした空気に包まれていた。件の霊に出くわさないでこれたので、桜はほっと胸をなでおろす。

「…お前、何やってんの」

 ふいに声が聞こえて、桜は飛び上らんばかりの勢いで驚いた。
 息を整えて声のした方をみる。そこは中央棟の時計台に続く階段で、座っていたのは、小柄な少年だった。
「……東海先輩こそ…何を…」
「除霊。……人避けの結界、張ったんだけど」
 そういう蒼牙の瞳は漆黒ではなく、宝石のように煌く翡翠だ。
 どうしてお前がここにいるんだと何となく言われた気がしたので、桜は首をひねった。
「私は…この子の落とし物を探しに…」
「ふうん…」
 蒼牙は首を伸ばして桜の後ろを見て、口端を吊り上げた。
「ああ、そういうこと」
 蒼牙は肩にかついでいた水の刀をおろした。ほのかに青く光るそれは、澄んだ水の流れをそのまま閉じ込めたようで、つい魅入ってしまうほど美しいものだった。
 まさか二度も見るとは思っていなかった。桜は瞬きをする。
 蒼牙は桜に近づいて、その後ろにいる少女を覗き込んだ。少女はびくりと肩を震わせて、一歩下がる。
「先輩。怖がってるじゃないですか」
「怖がらせてなんかねえよ。…まあ手間が省けたな」
 蒼牙はニヤリと挑発的に笑い、刃先を少女の鼻先に向けた。桜は驚きで一瞬呼吸が止まった。
「おまえが七人目だな。七人童子」
 その瞬間、玻璃が砕けるような幽かな音が響き渡る。次にほの白い閃光が視界を覆った。思わず桜は目をつむってしまう。耳鳴りが響いて、鼓膜が破れそうになる。
 しかし、光はすぐに収まって、桜はそろそろと瞼を開けた。
「え…?」
 いつの間にか、周りを囲む四つの回廊に、数人の子供が座り込んでいた。全部で六人、胸元には呪符が貼られている。
 もがいているところから、動けないように縛されているようだ。
「神代、どけ」
「どっ、どういうことですか?噂では…男の子が…」
 半ばパニックに陥りながらまくしたてる桜を、蒼牙は面倒くさそうに見た。その冷え切った翡翠の瞳の気迫にのまれそうになるのをこらえて、桜は蒼牙を見つめ続けた。
「…要するに悪さしてたガキが、七人いたんだよ。七人童子になってな」
「しちにん…どう、じ…?」
 桜がたどたどしく言葉を紡ぐと、蒼牙は眉をひそめたがそのまま続けた。
「簡単にいえば、子どもの怨霊だな。七人を同時に除霊しなきゃ意味ないんだよ。だから、どけ神代」
「えっでも…」
 反射的に桜は少女と蒼牙の間に身体を滑り込ませた。
「でもも何もないんだよ。どけ」
 剣呑な調子で言われて、桜はぐっと口をつぐんだ。後ろの少女は一層大きく身体を震わせて、拒絶の声を張り上げた。
「いやあっ」
「っつ…」
 少女が桜にしがみついて叫び声をあげると、そこらじゅうに霊力の波が広がった。
 蒼牙はおもわず腕で顔をかばった。この空間に不似合いな清らかな気配が伝わってくる。何ものにも濁されることのないような、そして、触れれば崩れてしまいそうな脆い気配。いまだかつて感じたことの無い力だった。
 だがそれは一瞬で、そこらじゅうに邪気が蔓延した。

◇ ◇ ◇

 桜は自分を覆い尽くす邪気の濃さにむせかえっていた。続いて胸に激痛が走った。呼吸が乱れ、視界が大揺れに揺れた。なすすべもなく身体が傾ぐ。それを、蒼牙がからくも受け止めた。
「ぅ、…っ」
 苦しそうに喘ぐ桜を見下ろして、不穏な気配を感じ取り周りを見回した。
 六人の子どもの視線が、桜に釘付けになっている。血走ったそのまなざしに、蒼牙は息をのんだ。
 そうしてる間に、一気に彼らの纏う瘴気が濃さを増し、二人に容赦なく襲いかかってきた。
(…やばい)
 蒼牙は霊撃を放ち、桜を半ば引きずるようにして時計塔の階段を駆け上った。


 階段を登りきると、大時計の仕掛けが設置してある部屋に辿り着く。埃だらけでむっとする空気の中、蒼牙は息を整えた。
 抱えていた桜を床に横たわらせると、意識はなく、青白い顔で浅い呼吸を繰り返していた。
 黒々として長いまつげに覆われた瞼はぴっちりと閉じられて、時折唇からうわごとが漏れている。
 蒼牙は階段を見下ろした。階段の入口に結界を張ったから、七人童子はやってこないだろう。しかし。
「……水なしでやるのは、きついよなあ」
 辺りを見回して、蒼牙は胡乱気に目を細めた。水道なんてない。
 一応退魔の術は取得しているが、基本的に水の力を応用しているために、苦手なのだ。
 それに、どういうわけか気を失っている少女は邪気を寄せ付け、増幅させる力を持っているようだ。
「…鬼寄…か?」
 東京で学んだものを引き寄せて、蒼牙は首をかしげた。
 霊力は大きく二つの種類に分けられる。一つは破邪。蒼牙はこれだ。蒼牙の霊力は強く、邪気を撥ね退ける。だから雑鬼など、近づいてきただけで消してしまう。
 もう一つは、鬼寄(おによせ)。これは、邪気を吸い寄せ、力があれば魑魅魍魎を式に下し、操ることができる。この力は退魔師の一族と敵対する降魔師に多く見られるそうだ。
「いや…だけど…」
 それ以外見当もつかないのだが、どうも違う気がする。そもそも、鬼寄の者は破邪の者より邪気に強いはずなのだから昏倒することはない。

(…思ったよりも、厄介そうだな)



 
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