ヒメサマのい・う・と・お・り

第2話 前夜祭



 天井を見上げるのに、背中をかなりそらさなくてはならない。部屋の向こう側の壁が見えない。ちょっとしたスタジアム並みの広さをもつ大広間が、息苦しいほど人で埋まっている。

「俺たち、どうしてこんなところにいるんだ?」
 エクルーがリィンに耳打ちした。
「俺に聞くなよ。やっと学校の夏休みなのに、何の説明もなしにこんなところに連れてこられたんだぜ?」
 リィンのしっぽとひげがいらいらとおったっている。
「大人しくしてろよ。ごちそう食べ放題だぜ?」
 アルがたしなめる。
「妙に若い男ばかりじゃないか?」エクルーがつぶやく。
「知らないよ。言葉が一言もわからないんだから」リィンがため息をつく。
「大臣のスピーチが終われば会食だ。もうしばらくガマンしてろ」
 ジンは、城の調度をきょろきょろしている。見かけはルネッサンス様式を模しているが最新式の建築だ。
「で、その大臣は何て言ってるのさ?」
 リィンが聞く。
 リィンの父グレンと、ジンは仲の良い友人同士だ。ジンのところにリィンと同い年の双子がいて、リィンは生まれた時からジンの家に入り浸っているので、叔父と甥のような間柄である。アルは、エクルーの姉のスオミと結婚したので、この2人も叔父と甥である。
「さっきからエルザ姫がどうとか言ってるけど。そして最終日に舞踏会がどうとか」エクルーがスピーチに耳を澄ます。
「舞踏会?」リィンのしっぽがさらに太くなる。
「俺、何かすごくいやーな予感がするんだけど」
 エクルーがアルをじいっと見る。リィンはジンをじいっとにらむ。
「どうゆうことか、説明してもらおうか?」
「ま・・・まずメシを喰ってからにしないか?」ジンが提案する。
「婿選びがどうこうってどういうこと?」エクルーが詰問する。
「言葉わかったのか?」リィンはもう驚かない。ジンとエクルーは語学の天才なのだ。それに、どうせエクルーはテレパシーでズルをしているに決まっている。自分は父親のグレンに比べるとかなり勘の良い方だ、と長老のメドゥーラに言われるけれど、エクルーやアルと比べると、自分の直観なんかほんの子供だましだとわかっている。ジンのところの双子にさえ、時々勝てないのだ。
「明日からの3日間で、ここにいる男の中からエルザ姫が結婚相手を選ぶ?」
 アルがにっと笑った。
「そこまでわかってるなら話は早い。それ以上付け加えることはないよ」
「何考えてるんだ。ジンもアルも結婚してるじゃないか!」

 ジンは肩をすくめた。
「俺はお目付け役だ。エントリーしてるのはお前ら3人だ。対象年齢15〜35歳だからな」ジンは現在54歳。5人の子持ちである。しかも、並外れた愛妻家として有名なのだ。
「アル。スオミは知ってるの?このこと」エクルーがじろっとにらみつける。
「知ってるよ。スオミはアルカディア本草書の写しで手を打った」
「アルカディア本草書?」
「ここの書庫に秘蔵されている、薬草の古書だ。どこのデータ・ライブラリにも登録されていない」
 リィンが大人2人をじろじろ見た。
「それで・・・?オッサンたちの狙いは何なんだ?俺たちを餌にして、何をするつもりだ?」
「人聞きが悪いな。でもするどいよ。あえて言えば、俺たちのねらいはこの城だ」
「城?」
「この城は、博物学者アナクシマンドロスの最高作品なんだ。建築も調度も庭も、ね」
「この大園遊会は、この城の内部を見るめったにないチャンスなんだ」ジンが言い添えた。
 アナクシマンドロスの名前は、リィンでも聞いたことがあった。古代ギリシアの哲学者の名を継ぐ宇宙世紀最初で最後の天才。宇宙時代のダ・ヴィンチと呼ばれた建築家にして画家、作曲家、科学者なのだ。30代後半、いちばん才能の充実した時期にこの国に十年近く滞在して、己の持てるすべてを具現化したのが、この城なのである。
「しかも、アナクシマンドロスは転送装置の理論を完成させていたという説があるんだ」
 転送装置の開発は、イドラに来て以来のジンの大きな研究テーマなのだ。したがって、ジンの研究所で助手をしているアルにとっても、目下最大の関心事項と言える。
「その研究書がここにあるかもって?」
「おい、エクルー、乗るなよ」リィンが慌てた。
「だって、どうせここに一週間もいるんなら、獲物があった方が面白いじゃないか」
「じゃ、俺は何してりゃいいんだ?」
「庭でも見てれば?品種改良された野菜や果樹の見本園があるよ。山ひとつ分」

 アルはにやにやしてからかった。
「お前ら。2人ともお姫様に興味ないのか?お前らと同じ年だぞ」
 2人は冷たい目で、じろっとアルをにらみ返した。リィンはアヤメ一筋で、エクルーはサクヤ一筋、他の女の子なんか一切目に入らないのを、アルが一番よく知っているはずなのだ。
「ついでに付け加えると、アナクシマンドロスは美食家としても有名で自らも料理人だった。この5日間はすべてそのレシピから料理がつくられる」
 エクルーはほとんど陥落されかけていた。料理はエクルーにとって単なる趣味の域を超えて、プライドをかけたライフワークといってもよい領域なのだ。サクヤと養父をジャマしたくなくて手っ取り早く独立する必要などなかったら、物理学なんかじゃなくって絶対に料理の修業をしていたはずなのだ。
「さ、儀式は終わった。メシもらいに行こうぜ」
 歩きだしたアルを、エクルーがつかまえた。
「ちょっと待て。玉座に王様と王妃様はいるけど、肝心のお姫様はいないぞ?」
「お?興味あるか?」
 アルがにやにやする。
「ないよ。でも一応。まちがって口説いて、婿入りさせられたらたまらないからね」
「へへえ、大した自信だな」
「アル?」
 エクルーが目をすがめて、じろっとにらんだ。アルは慣れているので、エクルーににらまれたくらいで、たじろがない。
「そこも今回のポイントなんだ。エルザ姫の容姿は秘密なんだよ。3000人の求婚者は、この城で出会う女性の誰がエルザ姫かわからないわけ。いつもお行儀良く、女性に親切に振舞わないといけない。侍女やエルザ姫のいとこ、その他が盛装してトラップになっているという噂だ」
 エクルーはため息をついた。
「もう、どうでもいいよ」
 リィンもため息をついた。
「5日間、ここでごろごろしてればいいんだろ?どうせ帰っても、今時期は放牧地も作業ないし。適当にうろうろしてる。オッサンたちは本でも城でも見物してればいいよ」

 アルがひとさし指をくい、と曲げて2人を呼んだ。
「まあ、そんなシケたつらすんなよ。俺たちがここに来た本当の理由は転送装置なんかじゃない。いいか、ここには・・・」
 耳打ちされた言葉に、2人の目が丸くなった。


 こんな感じで、世紀の大園遊会が始まった。






 
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