ヒメサマのい・う・と・お・り

第1話 物語の幕開け



 昔々、あるところにそれは仲の良い王様とお妃さまがおられました。
 王様は慣例を嫌い、側室をとらず、お妃さまただひとりだけを愛されました。その仲睦まじさは隣国にとどまらず大陸全土で噂されるほど。
 そして優しい王様、お妃さまに治められる国は乱れることなく、平和そのものでございました。
 けれども、その国には心配事が一つ。不幸なことに王様とお妃さまの間に御子がなかなかできなかったのです。そのため、国中が気をもむ年が何年も続きました。
 そして、皆の祈りが天に通じたのか、お妃さまは身ごもり、それは美しい姫君が生まれたのでございます。その姫君の名は、エルザ。

 エルザ王女が生まれた日は国中が喜びの歌を歌いました。


◇ ◇

 少女は窓辺に寄りかかり、城の城門を抜けるいくつもの馬車をぼんやりとした瞳で見つめていた。
 ため息をひとつ。美しく光沢を放つ青銀の髪がはらりと顔にかかる。緩やかにウエーブがかったそれを耳にかけて、また小さく息を吐いた。濡れたような翠の瞳はどこか物憂げでもある。
 この少女が、カルミノ王国第一王女・エルザ姫である。また、ほかに兄妹がいないため王位継承権第一位という御身だ。
 その地位にあることに今までなんのわだかまりも持っていなかったが、今日ばっかりは憂鬱でしょうがない。
 
 その時、扉をノックして、侍女のパールが入ってきた。裾を持って一礼し、エルザに微笑みかける。
「姫さま、シュアラ国のサクラ姫さまが参りましたよ。ご機嫌伺いとのことですが…」
 その言葉に、エルザはぱあっと顔を明るくした。隣国のサクラ姫とは年も近く、よく手紙をやりとりする親友だ。
「本当に?嬉しいわっ」
 主の顔に明るさが戻り、パールはほっと微笑んで、礼をして部屋を出て行った。数分後、再びドアがノックされる。
 許しの言葉とともに、扉が開かれると、胸の下で濃い赤のリボンをあしらったうすい桃色のエンパイアラインのドレスに身を包んだ少女が現れた。
 少女は琥珀の瞳をきらきらと輝かせ、ふんわりと微笑んだ。そして片膝をつき、シュアラ国独特の礼をとる。
「こんにちはエルザさま」
「サクラちゃん、嬉しいわ。今日はどうしたの?」
 椅子をすすめて、自分も座りながら問いかける。サクラは裾を持って行儀よく座りながら応えた。
「今夜よりの三日間、エルザ様の夫君を選ぶ舞踏会を開かれるのでぜひいらっしゃいと国王陛下に招待状を頂きましたの」
「……お父様ったら」
「幼なじみですもの。…それに、私どうしてもエルザさまの傍にいたかったんです」
「え?」
 サクラは俯いて、しばし思案した後、顔をあげて困ったような顔をした。澄んだ瞳がエルザを映す。
「お手紙で申されていたでしょう?殿方と会うなんてまっぴら。結婚などしたくないと…」
「……」
「なにもできませんが、お話し相手として傍にいさせていただきます」
「ありがとう」
 これほど心強いものはない。エルザは重苦しい心がとけていくような気がした。二人で微笑み合っていると、パールとは違う侍女が部屋に入ってくる。
「巫女姫さま、そろそろご退出のお時間です」
「あ、わかりました。それではエルザさま、また後ほど…」
 サクラは頭を下げて今来た侍女について外へと出て行った。
 廊下に出ると、シュアラ国の軍服を着た少年が仏頂面で壁に寄りかかっていた。サクラはくす、と小さく笑う。
 彼はシュアラ国の将軍の一人息子で、ソウガという名だ。カルミノ国滞在中は、サクラの護衛として付き添って来たのである。
 付き添おうとする侍女に対して丁重に断りを入れ、サクラとソウガは並んで廊下を進んだ。エルザ姫の部屋から遠ざかり、来客の部屋がある塔との間の回廊に入ると、人気が少なくなる。すると、ずっと黙っていたソウガが面倒臭そうに口を開く。
「でもエルザ王女も大変だよな」
 幼なじみの遠慮のない口調は慣れたもの。サクラはきょとんとソウガを見た。
「え?」
「だってさ、すっごい数らしいよ?婿候補。ざっと三千人くらい」
「そんなに?」
 シュアラ国の地方の村々の人口よりも多い。驚いて思わず歩みを止めるサクラにならい、ソウガも立ち止まる。そして回廊の横にある庭園に目をやりながら腕組みをした。
「カルミノは最近チハルタを藩属国にして海に港も開いたし、これからどんどん発展していくだろうから、他国にとってはこれほど美味しい話はないワケ」
「……ほお…」
 少々呆気にとられているサクラをソウガは半目でみつめた。この姫君は国では巫女姫として大切にされている。だから神事は得意だが、政治(まつりごと)に関しては少々抜けているとこがあるのだ。
「…わかってる?」
「わ、わかってますよっ」
「…どうだか」
 肩をすくめて、ソウガが歩きだす。サクラは慌てて追いかけようとした。しかし、ふいに幽かな音≠ェ耳朶に触れる。
 サクラは首を巡らせた。もう聞こえないが、庭園‐妖精の庭‐の奥から聞こえてきた気がする。
「…?」

◇ ◇ ◇

 侍女をすべて下がらせて、エルザは自室で一人ぼんやりとしていた。
(結婚なんて……したくないわ。男性と話すなんて…あまりしたことないし)
 
 第一、幼いころから一番好きな殿方と結婚したいという自分の言葉を父母は快く受け入れてくれていたのに。
 16歳の誕生日を迎えたとたん、手のひらを返したように婿養子の話をし始めた。最初は抵抗したのだが、いずれは女王としてこの国を支える身。我儘をつき通すのは無理だった。
「でも…お父様は、くる殿方から絶対に選べとは言っていなかったわ」
 それに。舞踏会に必ず¥o席しろとも言われていない。それにこの国で開かれる舞踏会には一度も出たことはない。出れば貴族の息子たちに二重三重と囲まれるからだ。
 エルザはさっと立ち上がり、クローゼットの中からシルクのローブを出した。それをはおり、部屋の一番右端にある窓に向かった。
 慣れた手つきでその窓から縄を下ろし、ベッドに枕をしきつめて、にこっと笑う。そして身軽な動きで窓から外に出た。

 降り立つ先は、カルミノ、いや大陸中で最美と歌われる妖精の庭(フェアリーガーデン)である。


 さて、一筋縄ではいかないエルザの心を射止める王子は現れるのか。
 カルミノ国の姫君の婿選びが、いま始まる――。






 
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