ヒメサマのい・う・と・お・り

第12話 月夜の台所妖精




 晩餐会のすべての料理を出して、鍋類を洗ってしまうと、厨房新入りのエクルーは解放された。翌朝5時まで
自由時間である。
 この時間を利用して、料理の合間に聞きだした情報を確かめてみる。大賢人の秘宝のありかに関するうわさを
さりげなく料理人たちやメイドたちに聞いて回ったのだ。
 曰く、”庭の形が手がかり”、”歌を歌えば開く”、”第一継承者がカギ”、”木に聞いてみろ”・・・。
このうち、いくつ有効なんだろう。まあ、ひとつずつ検証してみよう。
 まず、”庭の形が手がかり”から。
 どの庭だろう。中庭だけで3つある。泉水盤とちょっとした植え込みがある程度の小さな庭なら28ヶ所。
城の南側、農園や温室に囲まれた広い庭園スペースも、コーナーごとに”バラの庭”、”ナイチンゲールの庭”、
”ささやきの庭”、と名前がついていて、別に数えれば調べるべき庭はそれこそ無数にある。
 エクルーは城の屋根に上って、順番に庭の形を見ていくことにした。月明かりがあるとはいえ、人間はそうそう
頭上を見上げないものだ。見つかったら見つかったで、どうにかすればいい。
 北翼から別館に移る時、ちんたら屋根を歩いて行くのが面倒で、中庭をまたいでひょいっと飛び越えた。中庭の
真上、ちょうどジャンプの最高点に達したところで、視線を感じて振り返ると、別館の物見の塔にいる少女と目が合った。窓辺の少女は明らかにエクルーを見ている。目がまん丸に見開かれて、手にした本を落としている。慌てて貴重な古書を拾い上げようとするが、目は空を飛ぶ少年から離せなくて、そうしているうちに、青銀の髪がさらりとこぼれ落ちた。
 再びエクルーがぎくっとする番だ。アヤメ?まさか。でも、あの青銀のつややかな髪は・・・。
 アヤメとアカネはジンの双子の娘で、エクルーとは同い年の幼なじみだ。2人とも花や動物と話すのがうまくて、エクルーの気持ちも読むのがうまくて、病弱な母親を心配しながら寂しく過ごすことの多かったエクルーは、2人のおかげでどれほど救われたかかしれない。リィンも加えて、4人で4匹の仔犬のようにころころ一緒に育ったのだ。
 エクルーは中でもアヤメが大好きだった。2人とも音楽が好きで、一緒に歌ったり合奏したりする時、何の打ち合わせも必要ないほど息が合った。でも、だんだん大きくなってくると、エクルーの”好き”とアヤメの”好き”がずれていることがわかってきた。そういうわけで、エクルーはアヤメを見るとぎくっとしてしまうのだ。
 そういうわけで、ぎくっとしたエクルーは空中でバランスを崩して落っこちてしまった。このまま着地して雲隠れすれば、夢か、幽霊でも見たかと思ってくれないかな。でも寝覚めが悪いだろうな。
 エクルーは覚悟を決めて、塔の少女にあいさつすることにした。どうせ、旅先の恥はかき捨て、だ。
 少女は塔の窓から身を乗り出して、きょろきょろ中庭を見下ろしている。その上方から、エクルーがふやふやと気をつけに姿勢に両腕を後ろで組んで降りてきた。
「こんばんは」
 下ばかり見ていた少女は、上から降ってきた声に驚いた。そして空中に浮いているエクルーを見つけるとぱっと顔を輝かせた。
「あなた、無事だったの!落ちてしまったのかとびっくりしたのよ!」
 目をうるませて、エクルーの方に手を差し伸べている。エクルーは思わず笑ってしまった。
「心配してくれてありがとう。でも、俺が飛んでるのは気にならないの?」
 少女はそこで初めて気づいたように、エクルーの足や、背中で組んだ腕をじろじろ見た。そして「羽ばたかなくても飛べるのね」と言った。
 エクルーは噴出してしまった。こういう素っ頓狂な反応もアヤメに似てる。ゲラゲラ笑いながら、差し伸べられた
少女の手を取って、月明かりに照らされた塔の書庫に窓から入った。
「こんな時間にひとりでなにやってるの?読書?」
 エクルーの問いに、少女は決まり悪そうな顔をした。
「今までずっと忙しかったけれど、今日から3日間だけ一日中自由に過ごしていい約束なの。それで好きなところばかり行ってしまうの。庭とか書斎とか・・・」
「自由に過ごしていいんだから、好きなところに行っていいんじゃないわけ?」
 エクルーが面白そうに聞くと、少女はため息をついた。
「そうなんだけど・・・うん、そうね。私、自分がどうしたいのかよくわからないんだわ。だから、好きな場所に逃げ込んでしまうの」
 少女は肩をすくめた。
「私、ヘンね。どうしてこんなこと初対面の人に話しているのかしら。きっと、あなたが妖精だからね」
 今度はエクルーの目が丸くなった。
「妖精?俺が?」
「ちがうの?月明かりの夜に中庭を飛ぶのは、妖精じゃないの?」
 どうやら本気で聞いてるらしい。どう答えようか思案しているうちに、エクルーのお腹がぐうううっと鳴った。
「妖精もお腹がすくの?」
「うん」エクルーがちょっと赤くなった。
「さっきまで台所で3000人分の料理を作ってたんだけど、忙しすぎて、自分の分を食べ損なった」
「じゃあ、あなた、台所の妖精なのね。いいものがある。はい」
 少女が布巾に包まれた丸いものを差し出した。
「パン釜の親方にもらったの。新入りが作ったんだけど、そりゃあうまいもんだから、食べてみてくだせえって。知ってる?親方のヤン」
「・・・うん」
 エクルーはますます赤くなりながら、もそもそともらったパンを食べた。
「おいしい?親方はその新入りのことがすごくお気に入りらしいの。故郷に病気のお袋さんが待ってるっていうんじゃなければ、ここに何年かおいて仕込んでやるのにって。ここで覚えた料理を、食欲のないお袋さんに作ってやるんだ、って言うんですよ。
 赤ん坊みたいにつるつるした顔してやがるくせに、あれは骨のある男ですよって、私に自慢してたわ」
 エクルーは真っ赤になって、うつむいてしまった。少女はにっこり笑った。
「妖精にもお母さんがいるのね」
「・・・いつからわかってた?」
「ヤンは素朴な人なんだから、だましちゃかわいそうよ?お母さんの話をする時、涙ぐんでいたわ」
 エクルーはちょっとむっとした顔をした。
「母さんのことは本当だ」
「でも、あなたがこの城に来た目的は、料理を覚えることじゃないのよね?いい魔法使いのエクルーさん?」
 口があんぐり開いた。この娘、何者だ?
「御礼を言うわ。昼間、親友のサクラちゃんを助けてくださったそうね。彼女、それは感動してしまって、もうあなたに心酔しているっていってもいい状態なのよ」
 エルザはくすくす笑いながらその時のことを思い出した。手を組んで琥珀の瞳をきらきらと輝かせて、サクラは今度きちんとお礼がしたいと言っていた。ソウガは仏頂面で壁に寄りかかっていたが。
「行きがかり上ね」ちょっとすねた口調で言った。
「君こそ、求婚者を放ったらかしで、こんなとこで何やってるのさ、エルザ王女さま」
 少女は、エクルーの少し揶揄するような口ぶりに片眉をあげた。でも落ち着いた態度を崩さなかった。
「探しものよ」
「ふうん。こんなとこで何を探してるの?」
「何だろう。何か大事なものよ。私がこの3日間で探さなきゃいけないのは、結婚相手なんかじゃないと思うの。この国は私にとって何なのか、この国のために私に何ができるか。そういうことを見つけたいのだと思うの。多分」
「ふうん」
 エクルーは見直した、という顔で姫を見つめた。
「それでね、サクラ姫の話を聞いたとき、いい魔法使いのあなたなら何を探せばいいのか、きっと知ってると思ったの」
「え?」エクルーがぎくっとした。
「ね、あなたの探しているものを教えて。できるだけ協力するわ。一緒に探ささせて」
 
 エクルーが真顔になった。
「第一に、俺は魔法使いなんかじゃない。ちょっと身軽で、いささか遠くの声が聞こえるだけの普通の人間だ。だから、この国に
来た理由も、極めて利己的なものだ。君のために探してるわけじゃない。国で何人もの仲間が待ってる。彼らの命にかかわることなんだ」
「そんな大事なものが、この国に?」
「協力してくれるのはありがたい。でも、俺たちの利己的な探し物に君を巻き込みたくない。それが、君にとっても大事なものなんだったら、喜んで助けてもらうけど。だから、早く、何が君にとって大事なのか見つけてくれ」
 エクルーが顔を寄せて、エルザ姫の肩をつかんだ。その顔が思いつめたように真剣なので、エルザ姫は嫌悪感を感じなかった。
「3日後にどんな結論を出す気なんだ?このチャンスにいろんな思惑をもった人間がこの国に入り込んで来てる。そいつらのねらいを見極めなくていいのか?たまたま出会った俺を信用して、協力してしまっていいのか?俺がこの国を転覆させるつもりだったら、どうする気だ?」
「そんなねらいを持った人が、こんな親切な忠告をしてくれるはずがないわ」
 エルザ姫が固い声で答えた。エクルーは小さくため息をついた。頑固なところも、アヤメに似ている。そして、俺より俺のことを信じているところも。
「とにかく、今君のすべきことは、塔の屋根裏部屋に篭ったり、メイドの振りして厨房をうろちょろしたりすることじゃないだろ?3日後に君が何を選んだかで、この国の命運が決まるんだぜ?よく考えてくれ。この国のために。君自身のために」
 そう言うと、エクルーは窓枠に腰かけた。
「パンごちそう様。ま。俺が作ったパンなんだけど」
 そのまま、背を窓の外に倒して、くるりと後転するとひらりと中庭に下りていった。エルザ姫があわてて窓に駆け寄って身を乗り出した
が、もうどこにもエクルーの姿は見つからなかった。
 何が大事なのか。この国のために。私自身のために。
 私は何がしたいんだろう。
 私にとって大事なものをみつけたい。ずっと、この城だけが、家族と城で働く人々だけが、私の世界だった。

 この3日間は、私にとっても大きなチャンスなんだわ。

 エルザはよし、と気合いを入れてくるりと踵を返した。




 
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