君が好きだから

Episode3  彼と彼女の証明問題




 だいじなだいじな幼なじみよ。



「木ノ内くんなんて知らないっ!!!」
「え、鷺沼…!?!」

 コトの始まりは三月十四日のホワイトデー。
 ゆかこの滅多に無い癇癪から始まった。
 私は途中から聞いたから内容は知らないけど。放課後の教室にゆかこを迎えに来たら、もうすでにこの状況だった。
 ゆかこは眉をつりあげて、木ノ内を見上げて、木ノ内はというと、これまたなっさけない顔。
 無愛想な彼がこんな表情するなんて。地球がひっくりかえるほどだわね。
 その彼をなっさけない顔にしたのは、他でもない私の親友。
 ゆかこは違うと言ってるけど、彼、木ノ内斎は鷺沼ゆかこにベタぼれである。
 これはもう定義としてなりたっているし、証明も出来る。

 え?証明してみろって?しょうがないなあー…。




 ◇ ◇ ◇ 


 この二人が出会ったのは、なんとも遅い、高一の二学期になってすぐの席替え。
 隣になってだんだん――とゆかこは頬を染めて夢物語を話すかのように、その少女漫画テイストな出逢いを聞かせてくれたけど、実は違うの。
 正確に二人が初めてであったのは、高1の夏休み。あれは暑い日だったわね。
 その日、私とゆかこは一緒に補習に来てたわ。頭悪いわけじゃないけど、私たちは外部受験組だったから、強制的に、ね。


 まあそれは置いといて。
 
 やっと最後の補習が終わって、のんびりサッカー部の練習場に近いベンチでおしゃべりしてたの。ま、女子高生特有よね。おしゃべりが好きなのは。
 話してたのは他愛の無いことよ?好きな芸能人とか。ドラマとか。ああ私の彼氏の近藤の話もしたわね。丁度あの時期からだったし。付き合い始めたの。

 あ、話がズレたわ。ええっと、そう。そろそろ帰ろうか、ってとき、ボールがね、ぽーんとゆかこの方に落ちてきたのよ。
 私だったらキャッチくらいする余裕あったんだけど、ゆかこは、とんでもなく反射神経が鈍いの。
 料理をしてて火があがっても逃げるのが遅い。バレーボールをしてても地に落ちたところで構える。
 微笑ましいといったらそれまでだけど、悪く言えば、のろい。だから、不幸にも顔面直撃。んで、ゆかこは気絶しちゃったわ。
 ――ボールを投げた主は、木ノ内斎。いまのゆかこの彼氏。



 そのときはパッと見……失礼だけど、目立たなかったわ。髪はぼっさぼさだし。汗はぐちゃぐちゃ。日焼けで肌まっくろ。
 いかにもなスポーツば………少年ね。それに加えての無愛想。そして最後に大事な嫁入り前の幼なじみの顔にボールを激突させたとあれば。

 第一印象は、なにこいつウザい≠セった。

 それで、彼は部長に断りを入れて、ゆかこを保健室まで連れて行ってくれたの。
 私は断ろうとしたわ。大切なゆかこをどうしてかっこよくもないまっくろくろすけなこいつに預けなきゃいけないの。
 でも、暑い日差しの中同じような体格のゆかこを保健室までつれてくのは難しいのも事実。
 ほんとに断腸の思いで頼んだわよ。
 彼はゆかこを背負って、申し訳なさそうな顔をしてわたしを見たわ。
 あら、そんな顔できるんじゃない。
 早く運んで、と指でしめすと、彼は素直に頷いた。
 しばらく歩いてると、真一文字だった唇からちいさな声が零れたの。

「…あの…この子、名前は…」

 まあっまあまあまあっ普通一緒に歩いてるわたしの名前聞くんじゃないのかしら。
 ていうか…わたしは別の意味でびっくりしていたわ。
「あんた高一よね?しかも、C組ってあたしたちと同じクラスじゃない。」
「…そうなんだ。」
「知らない?鷺沼ゆかこって」
「え…?…知らないけど…?あ、この子鷺沼っていうんだ。」
 もぐりだわっ!私はまるで動物園で笹をどう食べたらいいか分からないパンダを見るように彼を見たわよ。
 だって鷺沼ゆかこ≠ニいえば学年でも有名なはずっ。
 十年以上ゆかこの傍にいるわたしが親ばか意識をもったわけじゃなく、ゆかこは可愛い。
 特別美人、ってわけでもないけど、くるくるした瞳と、雰囲気が本当に可愛いのだ。そこで性格も良いと来た。
 思春期真っ盛りな男子はひっきりなしにゆかこに会いに来る。
 …恋愛に臆病で男子が苦手なため、彼氏はいままでいないけれど。
 とにかく、ゆかこのことは他の学年にも広まりつつあるというのに。 このオトコは、知らないという。
「……あんたすごいわね。」
「?」
 ゆかこったら、完全に意識を失ってるようで、ぜんぜんおきようともしない。
 流石にわたしも心配になったわー。まあ、保健室に着いて、木ノ内が出てった後すぐに起きたけどね。
 …そういえば、私、あのときゆかこを運んだのが木ノ内だって言ったかしら?……まあ良いわよね。いま付き合えてるんだし。
 そのあと、ゆかこといると、なんとなく木ノ内の姿が目につくようになった。
 ゆかこは全然まったくこれっぽちも紙の切れ端ほども気づいていなかったけどね。告白も何もしようとしないから、私はこれ幸いと放っておいたんだけど。


 …でもね、それは長くは続かなかったわ。
 二学期に入ってからの出来事がそもそもの始まりよ。私はあいつの鈍くささや口の足りなさにいらだつようになったの。
 だって、だってよ?
 明らかに、明らかにゆかこは木ノ内のことしか見てなくて、ゆかこなりに頑張っていじらしく接しているのに。

 あいつは、何もアクションをかけない。
 どういうこと?頭足りないんじゃないのと思ったわよ。
 しびれを切らして放課後壁際においつめたこともあったわー。懐かしい。殴りはしなかったけど。

 近藤にも頼んで、どうにかしてもらおうと思ったけど、近藤もそういうのはてんでだめな奴だったから、効果なし。
 ……だから私は本当に、本気で、マジで最後の手段を使ったの。
 それが、高3の小川先輩よ。前からゆかこのこと気にかけてたし、丁度よかったから使ったの。それが、あの告白騒動に繋がったってわけ。
 荒療治だったけど、まあいいでしょ別に。結果良ければすべてよし。


 ◇ ◇ ◇


「…でー?何したのよ木ノ内は。」
 携帯をいじりながら問いかけると、二人は舌戦をやめて、私を見た。
「おれは、何も……」
「だって、木ノ内くん、チョコ嫌いだったんでしょっどうして言ってくれなかったのっ?そうしたら、別のものつくっていったのに。」
 ははーん。そういうことか。私は頬づえをついて息をついた。
 数秒間をおいてから、木ノ内が口を開いた。
「…そんなことない。」
「うそだもんっ」
 ゆかこが泣きそうな顔でそう言うと、木ノ内はほとんど叫ぶように言った。
「…違う!鷺沼がつくったものならなんだって食べたかったんだ!!」
「……え…?」


 ………。ごちそうさま。
 てなわけで、この天然バカップルをどうぞ末永くよろしく。





 
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