君が好きだから
もうすぐバレンタインデー。
彼女だから、木ノ内くんに堂々と渡せるよね。
なんだか、すっごく嬉しい。
でも……
喜んで、くれるかな?
私は部屋いっぱいにチョコレートやバレンタインデー関連の雑誌を広げ、数時間ほど、にらみっこしていた。
どれもこれも、おいしそうなものばっかり。私に出来るのか不安だけど…。
「………んー…」
ふと、目に留まったのは、トリュフだった。
昔愛ちゃんにねだって作ってもらったっけ。すごく美味しかったなぁ…。
「幸せそうなかおしちゃって。だらしないわよ。」
いきなり声をかけられて、私は文字通り飛び上がった。
「愛ちゃ……!」
ドアの前で、腰に手をあてて立っている愛ちゃんは、言葉とは裏腹に、嬉しそうに笑っていた。
うーん…モデル立ちが似合うなあ。相変わらず。
「おばさんに入れてもらっちゃった。」
「い、いらっしゃい。ああ!」
隠そうとした雑誌を取り上げられ、私は情けない声をだしてしまった。
「……ふうーん…手作り、ねえ?実習では野菜ではなく指を切ってしまうゆかこに出来るのかしら。」
「……出来る、もん。愛ちゃんは?近藤くんに手作りであげるの?」
「もちろん。あたしをだれだと思ってるのよ。」
「……ケーキ屋の看板娘さんです。」
愛ちゃんのお菓子は絶品だ。もうほっぺが落っこちてしまうくらい。
私は、がっくりとうな垂れる。せめて、愛ちゃんくらいお菓子作りが上手かったらなあ……。
「教えてあげようにも………ゆかこは前科モノだしね…」
「うぅ…」
そう、前に愛ちゃんにねだって、料理を教えてもらったことがあるん、だけど…。そのとき、教え上手の愛ちゃんが先生だったというのに、私は分量を間違えるわ、火事を起こしそうになるわで、大変なことになったのだ。
「……………まあ、良いわ。教えてあげる。」
「本当!?」
「今日はそのつもりで来たから。さ、頑張ってね?」
「う、うん!」
「じゃ、まずは買い物ね!」
サッカー部部室。
「い、つ、きー。いい加減機嫌直してくれよー。結果オーライじゃんか」
「………やり方が問題だろ。」
「いやいや。奥手なお前にはぴったりの方法だった」
「……一樹…てめえ…」
「うわっおい!本気でボール蹴っただろ!もろ頭にあたった!!」
「五月蝿い。帰るぞ」
フン、と鼻で笑い、斎はさっさと帰り支度をして歩き始めた。
その後ろを、一樹が頭をさすりながら歩く。校舎を出て、商店街につくと、どこからともなく、甘い薫りが漂ってきた。
「あー…もうすぐバレンタインデーかぁ。愛のうまいんだよなー」
「…」
「よかったな。斎!愛しの鷺沼に貰えるじゃん」
「………」
斎は、黙々と歩き続ける。
デートもまだ行っていないし、これが付き合って最初のイベントとなる。期待してるけど、不安が、強い。
「愛のチョコ〜v」
うっとりと彼女のことを考え始めた一樹を、溜息交じりで見つめ、斎はなんとなく視線を横にずらした。 向かい側の歩道に、見知った少女二人を見つけた。そのうちの一人は、つい最近想いが通じた自分の彼女だ。
私服は始めてみたが、結構可愛い。だが、置かれている状況が、まずい。 二人の前には、学生風の男が二人。愛は、後ろにゆかこをかばうようにして、男を睨み上げていた。
「しつこいっ」
愛ちゃんのこのセリフ、実は十回目。買い物も終わって、さあ帰ろうとしたとき、いきなり声をかけられたのだ。
最初はやんわりと断った。だがそれでも食い下がられた。私が何かを言おうとすると、愛ちゃんは黙ってなさい、と視線で脅してきて、一人で喧嘩モードに入ってしまったのだ。
「だから、彼氏持ちだって言ってるでしょ!私もこの子も!」
いきなり私が差されて、びっくりした。
「いいじゃん。一緒に遊ぶくらい。ねえ?」
男の一人が、愛ちゃんの腕を掴み、もう一人が私の肩に手を置いた。
「彼氏なんてどうせ大したことないんでしょ」
「そうそう。俺らにしとけって」
ぷちん、と来た。キレる、ってこんな感じかなって思った。
「大したことなくなんか、ない!あんたたちよりもかっこよくて、優しくて、あんたたちみたいにちゃらんぽらんじゃない!!勝手なこと言わないで!!」
言い切った。言ってやった。私は肩で息をしながら、二人を睨み上げる。
「ゆ、ゆかこ…?」
愛ちゃんは、ぽかんとしている。そういえば、私が怒鳴ったのは、初めてかもしれない。
「そういうことだ」
バキッと、何かすごい音が聞こえた瞬間、私の視界から男の人が消えて、代わりに、肩を抱きかかえられた。
私は瞬きをして、抱きかかえた相手を見た。
「………木ノ内くん…?」
「大丈夫か?」
その言葉にとりあえず頷いて、そして愛ちゃんの方を見ると、近藤君が愛ちゃんの腕をさすっていた。地面には、転がっている男。
「大丈夫かー?愛」
「半殺しにしてもよかったのに」
「あー、それもそうかあ」
なんて、怖い会話までしている。そんなことをしている間に、二人組みはどっかに行ってしまった。
ふと周りの喧騒が耳に入る。商店街中の人が、こちらを見ていた。
とりあえず人気のないところに行って、私たちは一息ついた。
「ありがとう…木ノ内くん。」
「いや…」
私がお礼を言うと、木ノ内くんは口元を押さえて、紅くなった。
「?どうしたの?」
「さっきのセリフが、嬉しかったんだよなー?」
(さっきの?………あ)
私は思い出して、真っ赤になってしまった。
あの時は、必死で、無我夢中だった。あらためて思い返すと、かなり恥ずかしい。
「ゆかこが怒鳴ったの、初めてみたわ……」
「うんうん。鷺沼っておとなしいってイメージあるからな」
「もう何も言わないでーっ!」
私は半泣きに近い状態になってしまった。自分でも信じられなかったのだ。
しばらくすると木ノ内くんが、こほんと咳払いをした。相変わらず顔赤いけど…。
「あー、愛、それバレンタインデーのチョコ?!」
「の材料よ。ゆかこのね」
「あ、愛ちゃん!!」
本人の前で言わないでえ!と言いたかったが、時は既に遅かった。木ノ内くんはぽかんとして私を見ている。
「……俺に?」
「〜〜………ぅ……」
「ゆかこ、料理オンチなりに頑張りますって言いなさいよ」
「愛、一言多いって。」
私はそっと視線を上げて、木ノ内くんを見た。
私を覗き込んでる目が、優しくて、また頬に火照りが戻ってきてしまう。
視線を伏せて、手をぎゅっと組んだ。目線だけあげて、木ノ内くんをみる。
「あ、あの、ね……?頑張って、作るから…貰ってくれる…?」
言い切ると、沈黙が来て、私は泣きたくなってきた。
「………くれるのか?」
「うぇ?あ!うん!」
「………ありがとう。」
照れくさそうに木ノ内くんは笑った。
私はその笑顔に見とれてしまい、愛ちゃんにあとでからかわれただって、本当にかっこよかったんだもの。
バレンタインデーまで、あともう少し。
少しでも、美味しいチョコを作って、木ノ内くんにあげたいな。