君が好きだから

Last Story  君が好きだから




「名前で呼んでいい?」

 始まりは、はにかんだ鷺沼の、そんな一言からだった。


 携帯越しの声は柔らかくて、くすぐったい。
 季節は春。俺らの高校でも卒業式を明日に控えた頃。
 ていっても俺たち高1には関係の無いことなんだけどな。
 


 ――鷺沼ゆかこは、俺、木ノ内斎の彼女だ。
 鷺沼には、薔薇のような美しさは無くとも、野に咲く小さな花のような愛らしさがある。
 目立たないが、ふと視線に止まれば、吸い込まれるような魅力があるのだ。
 それに男子が気づき始めたのは、鷺沼が俺の彼女になってからだ。
 その前からちらほらと鷺沼を気にしていた男子が居たのではらはらしていたが、
 どの男も俺みたいな奥手で、無口の奴らだったので、一歩前に出た俺の勝ちってわけ。

 ぶっちゃけていうと、告白する気は起こらなかった。
 
 鷺沼はよく笑うし、人付き合いも良い。
 扱いにくそうな俺に、一生懸命挨拶をしてくれたり、話しかけてくれた。こちらまで幸せになるような笑顔で。
 気づいたら好きになってた……というか、だんだん好きになってった。
 朝練終わったあとのかったるい授業がほんのすこしだけ楽しみになった。
 そう、俺は自分が居眠り常習犯というのを利用して、起こす役目を鷺沼に頼んだのだ。
 最初頼むとき、なんともなしな顔が出来たけど、
 心臓はばくばくで、よく声が震えなかったな。と思った。



 鷺沼は、屈託の無い笑顔で頷いてくれた。


 
 
「……ああ」
「えへへっじゃあねっ斎くんっ」

 多分声からして顔が赤いだろうな。きっと鷺沼、切った後しばらく考え込んじゃうかもな。


「ゆかこ…か」


 ぽつりと呟いてみる。しっくりこないというか…………恥ずかしい。
 あっちが呼ぶ限りこっちも呼ばないといけない気がするし、呼びたいし、
 でも…うまくいくだろうか。口下手の俺が。 


◇ ◇ ◇



 卒業式の日は、式が始まるまでに席についていればいいので、俺はぎりぎりを狙って行った。女子と男子は別々だからだ。
 入ってきた瞬間に、鷺沼の後姿を見つけて、ため息を吐いてしまった。
 卒業式は眠さとひたすら戦っている間に無事終わった。
 さあ、行かなくちゃな。
 俺は気合を入れて、卒業する先輩と話しながら鷺沼の姿を探す。
 一番五月蝿いバスケ部軍団の中に、彼女は困り果てた顔で居た。
 隣に親友の菅原愛がいるからいいとして、前に居るのは――
 

「ゆかこちゃん。ゆかこちゃん。こっち!」


 ………出た。小川先輩。
 周りにいる女子には目もくれず鷺沼に話しかけてる。
 にらまれてるじゃねえか。しかも…気安く肩触ってやがるし。
 それに、軽々しく名前を呼んでいるのも気に食わない。 

 ふと、先輩と目があった。
 くすっと小さく笑って、先輩は見せ付けるように鷺沼の耳元でなにごとかを囁いた。


 ぶちん


「あ?どうした斎。おーい?!」

 一樹の声が聞こえたけど、そのときの俺には届いていなかった。
 ずんずんと人ごみを掻き分け、俺はバスケ部の軍団のとりまきを脇によけ、鷺沼の腕を掴んだ。
 突然のことに鷺沼は驚いたように俺を見ていた。
 いつもならば黙り込んでしまうところだが、今日は違う。

「………………ゆ、…鷺沼。帰るぞ」

 ――馬鹿。言った瞬間、鷺沼の顔に少し寂しそうな影がよぎった。

「あ、う、うん…じゃあ先輩っ卒業おめでとうございますっ」
「バーイ。あ、木ノ内クンちょっと」

 ちょいちょい、と先輩に呼ばれて俺はいやいやながらも近づいた。
 にやっと笑って先輩は第二ボタンをむしとり、俺に差し出す。 

「これ、ゆかこちゃんにあげたかったんだけどさあー…。駄目?」
「ふざけんな……ですよ」
「……文法おかしいけど。だって俺きみよりゆかこちゃんと仲良くしてた時間なげえし。
 名前呼びだし、ね?うばっちゃおーかなー」

 いたずらっぽく口元に指を添えて先輩は笑う。
 俺はありったけの力を頬に注ぎこんでなれない笑顔を浮かべ、鷺沼を振り返る。


 
 告白する前も、今も、隣で笑っていてくれる。それだけで温かくて、優しい気持ちになれた。
 俺はそれを少しでも返すことが出来ただろうか。


「ゆかこ。ごめんな。行こうか」
「ぇ……?あっお話良いの?」

 きょとんとしたゆかこに、笑顔を総動員したまま頷く。
 ソレデハオメデトウゴザイマスと言葉だけの祝いを述べて、今度こそその場を立ち去る。
 ちらりと振り返ると、小川は初めてみる優しい笑顔で俺たちを見送っていた。
 

 ……先輩、まじでゆかこのこと…。
 



 小さく頭を下げて俺はゆかこに視線を戻した。
 あの先輩分かりにくいけど、良い先輩だったんだな。 


 ゆかこは春の陽だまりのような笑顔で、俺に話しかける。
 俺はどうしても頬が突っ張ってしまって、いつもの無表情に戻ってしまった。
 するとゆかこは小さく笑って、そっちのほうがいいと呟いた。

 腕から手を離し、小さな掌を包み込むように自分の掌を重ねた。
 初めてかもな。自分からは。
 頬に熱が走ったけど、それより掌に伝わる温度が心地よかった。
 驚いて自分を見上げるゆかこに触れるだけのキスを落とす。
 そのあと、視線を合わせるのが恥ずかしくて、パッと顔を上げた。




「………今度、どっか遊び行こうか」
「うんっ」


 手のひらに少し力をこめて、眼を細める。
 ずっとずっと隣にいたい。この温もりだけは手放したくない、と思った。
 ゆかこに目を向けると頬をそめて桜並木を追っていた。


「ゆかこ」
「え?」
「ずっと一緒にいような」


 俺は、君が好きだから。



- 終 -


◇一言感想

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