Heavenly Days

Chapter3  優斗の願い



人間は、本当に脆いものなんだって。
脆くて、弱くて。だから、すぐに憎んだり嫉んだりするんだって。
でも、だからこそ、人間は――


 じりじり照りつける太陽の下。私は暑さも寒さも感じない体だけど、真夏の日照りあがったコンクリートの上を飛んでいると、なんだかとっても疲れてくる。げんなり肩を落としてから、人ごみの中をさっさと歩いている優斗の後ろ姿に声をかけた。
「優斗ーどこいくのおー」
「進路面談ッ」
 不機嫌そうな声音で返してきて、私は肩をすくめた。優斗は昨日からずーっと怒ってる。
「えーお父さんとか、お母さんとかは?」
 優斗の隣に並んで、顔を覗き込む。優斗は息をついて私を見た。
「うち母さん死んだし、父さん仕事で忙しいから」
「え…あ…ご、ごめんねっ」
 まさかそんな答えが返ってくるとは思ってなくて、咄嗟に謝ってしまう。
「いいよ別に」
(ああああっ私のばかばかばかーっこんなんだから未熟モノなんだーっ)
 とてつもなく大きな自己嫌悪に襲われる。それを打破するために私は自分の頬を思いっきり叩いた。
 そんな私の様子を見つめていた優斗はいきなり笑い出した。
「…へ?な、なんで笑うのっ」
「いや、だってさ、怒ったり泣いたりころころ表情が変わりすぎだろ」
 そう言いきってから、優斗はひたすらげらげら笑いつづけた。初めて見る優斗の笑顔をまじまじと見つめてると、なぜか頬が熱くなってくる。
(あ、あれ…?)
「ていうかさあ、昨日から言ってんだけど俺、願いなんてないから。だから帰って」
 ひとしきり笑い終わったた後、優斗は表情を一変させて怒った口調で言ってきた。私は数秒あっけにとられてから、眉を吊り上げる。
「だーめっあるはずなのっそれまで帰れないもんっ」
「…だったら早く魔法でも何でも使って帰れっ」
 頭ごなしに怒鳴られて、私は今の変な感覚を追いやって、叫び返した。
「無理だもんっ!私、準天使だから神力禁止されてるの。もし使ったら消えなきゃいけないんだからっ」
 準天使は神力を貯める翼が片方しかない。けた外れの力を解放すると、翼もろとも神様の元に還らなくちゃいけないのだ。
 優斗は私の言葉をよく咀嚼してから、首をかしげた。
「…飛ぶのとかって力使ってんじゃないの?」
「え?えーっとね…ううーん。飛ぶのはね、大丈夫。そうだなあ…たとえば人身とったりしたら強制的に消されちゃう」
「え、人間になれんの?」
 それまで左から右に聞き流すような態度を一変させて、優斗は目を輝かせた。こういうところは、中学三年生だなあと思う。私は口を尖らせて言葉を紡いだ。
「よっぽど変な天使じゃなきゃなりたがらないよー。だって人間はすーぐねちねち他人を恨んだり、傷つけたりするじゃない。あと、食べモノ食べるのもめんどくさそうだし、暑さとか寒さにすっごい敏感で、身体は重そうだし、私はぜーったい嫌っ……」
 ふいに、仲の良かった準天使のことを思い出す。あの子は、人間になりたがっていた。すごく優秀で、私より先に契約を見つけたあの子は、最後の最後で神力を使って、人間になって…
「……ずいぶん辛辣な」
 無意識に沈んでいた私に、優斗の声がすんなり入ってくる。我に返り、慌てて言葉を返した。
「うーるーさーいのっ」

 面接の間、優斗は傍にいることを頑として許さなかった。まあしょうがないと納得して、校庭にたっている楠の枝の上で昼寝することにした。校庭ではサッカー部が精を出して走り込みをしている。ざわざわと揺れる葉を見ながら、いつしか深い眠りに落ちて行った。
 
◇ ◇ ◇

 かん高いホイッスルの音が鳴り響く。
 飛び起きて、辺りを見回す。眼下ではサッカー部が校庭を2面に分けてそれぞれ試合をしていた。
「びっくりしたあ………あっ!ゆう…」
 何気なく見下ろした木の根元に、人影がある。それが優斗だとわかり、私は名前を呼ぼうとして、寸前で止めた。
 校庭を食い入るように見つめる優斗の瞳は真剣そのもので、それと同じくらい、切なさの色が交じっていた。その優斗の顔に、なんだか胸が騒ぎだす。
 見つめる先には何があるんだろうと校庭を見る。校庭には、サッカー部しかいない。そしてまさに優斗が追っているのはボールや、せわしなく走り回るサッカー部員だ。
「優斗…?」
 おそるおそる後ろに降り立って、声をかけると、優斗は肩を強張らせてこちらを見た。
「……」
 そのまま優斗は何も言わずに歩き始める。その手には小さな紙切れが握られていた。私はなんとなく聞くのが憚られて、黙ってついていった。
 門を出てから優斗は家とは逆の方向に向かった。そのうち大通りに出て、駅につく。そして優斗がためらいもなく改札口を抜けたので、思わず声をかけた。
「ねえねえどこいくの?誰かの家にあそびにいくの?」
 丁度来ていた電車に乗り込んだ優斗は私を見て、眉をしかめた。
「違う」
「じゃあ……」
 いいつのろうとした私の頭をぽくっと叩いて、優斗はそっぽを向いた。
「おまえには関係ない。だからついてくんなよ」
「っ!嫌!絶対ついてくもんっ」
 むきになって優斗の腕をつかむと、優斗はもう諦めたようでもうなにも言おうとはしなかった。
 それから六つほど駅を過ぎ、七つめで優斗は電車を降りた。私も追いかける。改札を抜けると、大きなバスターミナルがあった。街路樹にかこまれた、比較的静かな駅だ。
 優斗はすたすたと道を進んでいく。向かっている場所は皆目見当つかない。
(…学校見学、かな?)
 なんとなくそう辺りをつける。けれど、優斗は昨日地元の公立高校に進むようなことを父親に言っていた気がする。
 出口のない思考の迷路に入り込みそうになって、私は勢いよく頭を振った。そしてその拍子にたったいま通り過ぎた歩道橋を見上げた。
「彩菜…さん?」
 歩道橋の上で、彩菜さんは困りはてた顔で目の前の男の人を見ていた。よくよく眼を凝らすと、その男の人は彩菜さんの腕をがっちりつかんでいる。
「…っ!優斗」





 
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