BACK TITLE|TITLE TOP| 「えへへ〜なんかとってもいい気持ち〜v」 「早川!おま、これ酒じゃねええかァアア!!」 「………てことがあったなあ」 俺はグラスを傾けながらしみじみと呟いた。目の前でくすくす笑っているのは数年前教え子だった早川葉子である。 「嫌だ。先生ったらそんなこと覚えてらっしゃるんですか」 そう言って葉子は懐かしそうに目を細めた。 「文化祭の打ち上げだっけか?クラス貸しきりにして」 「そうそう。まさか先生もクラス委員の私がお酒を飲むとは思わなかったんでしょう」 いたずらっぽく光る瞳をみて、俺は苦笑いをする。成績優秀で、品行方正な彼女と話していると、すべて見透かされているような気分になるのは数年前と変わらない。 「ったりめーだろ。…まあ他のやつに比べたら飲んだってほどの量じゃなかったけどなあ。未だに飲めないわけ?」 「やだ。ちゃんと飲めますよ。大人だもの」 頬をふくらませて、ぐいっとワインをあおる。ほんのり染まっていた頬が真っ赤になり、俺はため息をついた。 「大人は変な意地はらねえだろうが」 「ふんだそうやってすぐ子ども扱いするんだから。せんせーおーぼー」 口調が砕けて、しかも呂律が回らなくなってきている。やばいな、と俺は彼女からグラスをかっさらった。 「はいはいそこまでね。ほら他の先生とかに挨拶しなくていいのかよ」 「しましたー。せんせーと一番ながくはなしたかったからちゃちゃーっとすませましたよぉ」 ふいに葉子が瞬きをして俺を凝視した。 「………なに」 「ね、先生。わたしね、先生のこと好き、だったのよ。ほんとーに」 もどかしそうに紡がれる言葉に、俺は無意識に彼女から視線を外したくなった。 「だから、ね。ほんとのこと、教えて。これで最後だから。私のこと、きらいだった?」 小首をかしげた拍子に、葉子のアップされた髪にそえられたティアラがきらりと光る。黒々とした睫に縁取られた瞳が潤んでいるのは酔いだけではないだろう。 「………花嫁がそんなこと言って、いいのか?」 「いいのー。ばれないばれない」 ぶいっと目の前でVサインをつくられて、俺はあははと乾いた笑いを洩らす。そして、彼女が言う「あのひと」―彼女の夫に視線を向ける。 学友と話を咲かせている好男子は、俺が視線を向けるとばちっと目があった。ということは最初からこちらを見ていたのだ。 (ばれてんじゃねえかよ) 俺は息をついて、純白のドレスで身を飾った葉子を見た。奇麗になった。本当に。 けれどどんなに着飾っていても、脳裏には制服をぴしっと着た彼女が浮かんでしまう。そして、あの、雪の日のことも。 もう、教師と生徒ではないのだ。こうして会うことも、これで最後だろう。 そして、彼女は終わらせたがっているのだ。あてのない想いをずっと抱えてきた。俺なんかのために。 最後くらいは、素直になってみよう。 俺は微笑んで彼女の頭をぽんっと叩いた。唖の時と同じように。 「――そうだな。めちゃくちゃ好き、だったぜ?」 囁くような言葉でも、葉子はきちんと聞こえたようで、涙を浮かべた瞳を細めて、きらきらした笑顔を浮かべた。 ******* 生徒に愛された教師のお話。 好きだから。好きだったからあの時は言えなかった。永遠に言えないのならいっそ――。 なんか不完全燃焼なお話になっちゃいました。「あの時」は他のお題のなかでさりげなくやるつもりです。 BACK TITLE|TITLE TOP| |