TITLE TOP|NEXT TITLE まあこういうのも、アリでしょ? 眠い目をこすりながらカーテンを開ける。視界いっぱいに広がる陽の光に、思わず顔をしかめた。 しまった。目が開けられない。 目が慣れるまで、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。瞼の奥が痛いような重いような気がする。 しばらくしてから、やっと目が慣れてきて、そうっと伏せていた視線を上げると、見事な快晴だった。 「おぉ…」 微妙な歓声を漏らしてから、大きく伸びをする。今日は頬をかすめる風がいくぶん柔らかいような気がした。もう一度伸びをして、大きく深呼吸をする。 (…こんな良い天気に、学校行くのもったいないかも) シャツに手を通しながら、ふとそんなことを思ったけれど、いかんいかんと首を振る。 どうも休み明けは身体が重い。別に嫌な事があるわけでもないのに学校へ行く足は自然とのろくなってしまう。私の場合はそれが顕著だ。 「だけど、ほんと良い天気だなあ…」 よし今日は歩いて学校まで行こう。頭の隅でそんなことを考えつつ、鞄に教科書を詰めた。 私の通う学校は隣町にある。いつもなら電車で通うのだが、こういう時間のあるときは、歩いても間に合う。 こころもちゆっくりと歩いて、学校を目指す。コートは着なかった。ちょっと肌寒い気がしないでもないけど、我慢できないほどでもない。手袋で充分。 五分ほど歩いてから、学校とは違う方向にあるパン屋のメロンパンが食べたくなってきた。結構早い時間から開いているから、もう開いているだろう。 時間少し危ないけど、まあいっか。 「良い天気だし先生も許してくれるさぁ」 よく分からない言い訳をこぼしてから、方向を変えた。目指すはメロンパンの美味しいあのパン屋だ。 軽い足取りでパン屋に行って、メロンパンを購入。向かいにあるコンビニによって、紅茶も買った。それから急ぎ足でもと来た道を辿る。 だけど、なんとなくいつもの道を通りたくなくなった。 交差点で信号待ちをしながら、辺りの様子を窺う。いつもは通らない道を選んだ。狙い通り、人通りはない。学校に着くのが少しばかり遅れるけれど、まあそこはご愛嬌。 歌を口ずさみながら信号をわたって、角を曲がると、大きな白い家があった。私の家の二倍はある大きさだ。 ふとその家の垣根から梅が一枝突き出ていた。先っちょの淡く色づいた蕾がほんの少しだけひらいている。なんだかすごく嬉しくなった。自然と口元が緩む。 「うーんもう春かあ…」 しみじみと呟きながら歩みを進めると、垣根を飛び越えて白いものが私の前に着地した。 びっくりして足を止めて、まじまじとそれを見つめた。 「………猫」 ねずみ色のふわふわした毛並みが触ったら気持ちよさそうだ。 「…ちょっとデブだぞ」 眉をひそめながらぼそ、と言うと猫はぴくりと耳を揺らした。 眼が恐い。 「うんいやでもダイエットすれば望みはあるから諦めないでネバーギブアップだ猫」 ぐぐ、と拳を握り締める。 何を弁解しているんだ自分でも思ったが、猫だって傷つく心は持っている。 傍目から見たらさぞや不審者オーラ満々だろうが。 猫がううう、と妙な唸りをあげ、私が必死に弁解していると、家のほうからエリザベスーと呼ぶ声が聞こえてきた。 「えりざ…っ」 似合わなさすぎるっなんじゃそれっどこをどうみたらエリザベスなんだっ!肉に隠れかけたピンクのあの無駄に高そうなリボンかっ! 猫は大儀そうに首を伸ばし、私を見据えてから、垣根を軽々と飛び越えていく。 しばし唖然としてから、べえっと舌を出す。 なんだなんだデブ猫の癖にっ 「…お前、なにやってんの?」 自転車のブレーキがかかる音が背後からした。 振り向くと、クラスメートが私を怪訝そうに見ていた。 私は三回ぐらい瞬きをしてから、ぽくっと手を叩く。 「あー山田くん。おはよー」 「おはよーって…お前いま何時だと思ってるんだよ」 首を傾げると、山田くんは眉をひそめた。 「?」 「始業とっくに過ぎてるぞ」 「…」 ポケットに入れておいた携帯の時間表示を確認すると、おやまあびっくり一時間目に突入している。 「ああそうかだから毎月エブリデイ遅刻の山田くんがいるんだ」 「…それ褒めてるのか」 苦虫を十匹くらい噛み潰したような表情を浮かべて山田くんはうなった。私はそれに首を傾げて応えた。 山田くんは小さく息をついて、自分の後ろを指し示す。 「…乗る?」 「……二人乗りはポリスメンに捕まりますよ。」 「何がポリスメンだ。2限あんたの好きな美術だろ。」 「じゃあ乗る」 「即決だな」 うるさいな、と返して、山田くんの後ろに乗る。 いくぞーと間延びした声で言って、自転車が動き出す。ゆるゆると動く自転車。この調子でつくのかなあーと、空を仰いだ。 遅刻の理由はどうしようと考えているとふと、小さな疑問が沸いた。 「ねえ」 「んー?」 空から視線を下して、目の前の背中を見つめる。あー結構背高かったんだなあと思いながら言葉をつづけた。 「なんであたしが美術すきだって知ってるの?」 「……」 授業は寝てばっかで、クラスメートも一部としか話さない山田くんから返ってきたのは無言だった。 「ねえねえ」 「…」 答える気ねえなこいつ。少々気になるが、しょうがない。すぱっと諦めて、また空を仰いだ。 (……ん?) 「ねえ山田くん。自転車通学って、してよかったっけ?」 山田くんは一拍置いてから振り返る。そうして、無駄にさわやかな笑顔を浮かべた。 「お前、同罪」 …まじですか。 ******* いつもと同じ通学路。なんだか飽きちゃった。 今日は気分を変えて違う道を歩いてみよう。 普通の女子高生の朝の風景。 TITLE TOP|NEXT TITLE |