Heavenly Days

Chapter1  舞い降りた奇跡



それは中学三年のある夏の日のこと。
 俺は、我儘で泣き虫でかなりおせっかいな天使に出逢った。



「それじゃあ、受験生であることを忘れずに、しっかりやれよー」
 終業式のHRはお決まりの言葉でしめられた。
 体格の良い担任が出ていくのを見ながら、俺は息をついて、手の中の小さな紙切れを見つめた。
「優斗、模試の結果どうだった?」
 隣の席の浩二が俺の持っている紙を覗き込む。デリカシーのない奴だなと思いながら俺は返事をした。
「…やばい」
「なーん。70%超えてるじゃん」
「ばーかどこみてんだよ。そこは第2希望」
「え?なんで良いじゃんか」
「俺は公立以外行く気ねえの」
「ふーん」
 浩二は生返事をして、次にはもう夏休みの遊ぶ計画を口にし始めた。
 嘆息して、窓の向こうを見ると、入道雲がもくもくと立ち込めて、まさに夏真っ盛りだなあとあたりまえなことを思ったりした。
 
◇ ◇ ◇

 夏期講習が5時まででいつもより比較的早く終わったので、俺はぶらぶらと歩きながら商店街の通りを抜けていた。常ならば家に帰って勉強しなければという気持ちが芽生えるのだが、今日はそんな気分にもならなかった。
(まあ、そういうこともあるよな)
 ビルの裏の路地に入り、よく気分転換に利用する公園に向かった。遊具は少ないが、だだっぴろい公園で中心に噴水があり、いくつものベンチが回りを囲んでいる。
 今日は暑いからか、ベンチはガラ空きで、ぐるりと見回すと、俺以外人はいないようだった。
 息をついて、ひとつのベンチに腰掛ける。そして大きく伸びをして空を見上げる。
 すると、ふわり、と白いものが顔の上に落ちてきた。ふわふわしたそれに驚いて慌てて取ると、手の上にのってたのは――
「羽?」
 汚れひとつない真っ白な羽。俺は瞬きをして、空を見上げた。オレンジ色の空が広がっていた。鳥の姿などない。
 首をかしげて少し視線を下げて、公園の街灯を見て、ぎょっとする。ちかちかと点滅する街灯の上に、小柄な女の子がひとり立っていたのだ。
(な、なんであんなとこに人が…)
 ふわふわした亜麻色の髪が風に揺れ、瞳はどこか遠くを見つめて、寂しそうな光が宿っていた。
(…羽…?)
 驚いたことに背中の片側に白い翼がついている。ちょっと高い所が好きなコスプレ好きの女の子…?いや、違うよな。絶対。
 俺はあまりにも変な光景に呆然とするしかなかった。すると、ふいにくるりと女の子がこちらを向いた。
(…げっ目があった…)
 女の子はこげ茶色の瞳をまあるくさせて、俺を凝視している。俺はあってしまった視線をそらせずに木偶の坊のようにそこにたっていた。
 しばらくして女の子はぱあっと顔を輝かせて、躊躇いもなく街灯から飛び降りた。
「ぅげっ?!!」
 危ない―と走り寄る前に、ふわりと女の子の身体が飛ぶ。そして、あっというまに俺の目の前についた。
 俺が口をパクパク開閉していると、女の子は嬉しそうに笑って俺の頬をつねる。
「痛いっ!なにすんだっ」
「あたしのこと見えるのっ?」
「はい?」
「うわあっ嬉しいっあたしセラッあなたはっ?」
 興奮気味に言って、女の子―セラは、両手をあげて幼稚園児みたいに喜んだ。
「………優斗……」
 つい答えてしまって、慌てて口を手で押さえたが、後の祭りだった。
「ユート?優しい人って書くの?」
「……優しいに、北斗七星の斗…」
「ふーん。あっあたしはカタカナだよっよろしくね優斗っ」
(早速呼び捨てかよ)
 心中でつっこんでから、俺は頭を振って今の状況を冷静に分析しようとする。が、たった十五年ぽっち生きてきた脳みそでは理解不能だった。いや、八十の爺さんでさえ思考回路がショート寸前になるに違いない。
「……えーっと…もう遅いし、帰った方が良いよ」
「どうして?」
 きょとんと返されて、俺は眉をひそめる。
「いや、どうしてって」
「だめだよ。だって私は優斗の本当の願いを叶えるために来たんだから」
 そういって、女の子は甘いお菓子をおもわせるようなふわふわした笑顔を浮かべた。とても可愛い…じゃない。ちょっと待て。こいつ今なんつった。
「……………はい?」





 
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