切ないとか、そんなんじゃないの。 そこに行こうと思ったのは、ほんの気まぐれだった。 大学生になって四か月。私は何人かの卒業生が出席する進学説明会に呼ばれた。卒業してから一度も訪れていない学校は、あの時となんら変わりはなかった。賑やかな生徒たちのおしゃべり、岳の短いスカートにぎこちない化粧の香り。 けれど、グレーのスーツに身を包んだ私だけが、あの時と変わっていた。 当たり前のことだというのに、妙に感傷的になってしまって。同じ卒業生の友人に飲み会に誘われても、頷けなかった。 だからいま、私は一人で放課後の静まり返った廊下を歩いている。向かうのは、最後の年を過ごした教室だ。 しまっていた教室の扉をあけて、私は思わず目を細めた。 窓から夕焼けのかけらがこぼれおち、教室は優しいオレンジ色に染まっていた。足を踏み入れて、一呼吸。そして窓際の、一番前の席に向かった。 そうっと机の上を撫でる。可愛らしい文字や絵で飾られているから、きっと今も女の子が使っているんだろう。 私は席に座って、頬づえをついて、最後の一年間の記憶を手繰り寄せる。ゆっくりと、たゆたうように。 最後の年は、受験一色だったように思う。私はクラスでも少数しかいない外部受験組だったから、積極的に人と関わろうとはしなかった。仲の良い友達もいたけれど、自分のことしか考えていなかったと思う。 ふと、頭の隅にぱっとある記憶がよみがえる。自然と苦笑が漏れた。 そうだ。そういえば、この席で友達と喧嘩もした。あまりにも私が無関心すぎる、と泣きながら言われたような気がする。 その子とは、もう連絡をとっていない。 「あんたは何考えてるかわからない。私、それに関係ないでしょって返したんだっけ……きっついなあ」 あははっと乾いた笑いを漏らして、教室を見回す。そして、一つ一つの机を見つめながらクラスメートの顔を思い出そうと試みた。 「…駄目だわ。顔すら思い出せない」 出席番号の前と後ろの子の名前もさえも、だ。 本当に無頓着だったんだなあと、また笑えてきた。 「しょうがないよね。……抜け出したかったんだもの」 ここが嫌で。嫌で。息が詰まるくらい苦しくて。誰がどうのってわけじゃない。私自身が限界だった。どうしても外に出たかった。 学校にいる時の真綿に包まれるようにまどろんでいるような感覚が、耐えきれなかったのだ。 「そんな私って贅沢ものかしら」 ねえ?と誰もいない教室に問いかける。もちろん答える者なんていない。 ふいに鞄の中の携帯が鳴った。表示されてる名前に、自然と胸がほわりと温かくなる。 「もしもし?……あ、ごめんなさい。いま終わったところなの」 立ちあがって私はゆっくりと歩いて教室を出る。ゆっくりゆっくり確かめるように。 扉の前に着くと、いったん足を止めた。そうして、オレンジ色の教室を見渡してから、扉を閉める。心の中で、オレンジ色の宝箱を閉じる自分を思い浮かべながら。 ******* 女子高生だった人の独白。 あの日々を振り返る。だけど戻りたいとは思わない。だって、進むべき道が私にはちゃんと見えているから。 |