先生。 愛してる、よ? 二月に入ってから東京では珍しい大雪が続いた。教室のヒーターをフル始動させても、足もとがしんしんと冷えて、窓にはうっすら霜がおりる有り様である。 放課後の、最終下校もとっくに過ぎた廊下を、私は小走りに駆けていた。 生徒会の引き継ぎの仕事が思ったよりも長引いてしまった。けれども次代の後輩にいい加減な引き継ぎをするわけにもいかない。 私ははあ、と息をついて教室の窓を開けた。 「わ、あ…」 一瞬にして窓の向こうに目が奪われた。真っ白な牡丹雪がいくつもいくつも舞い降りて、向こうに見える体育館の屋根や、周りの木々に降り積もっていく。 東京生まれの東京育ちな私にとってはどんな名画よりも勝る光景だった。 窓に駆け寄って、思いっきり開け放つ。間髪入れずひゅうっと雪が吹き込んできた。 「ひゃあっ冷たいーっ」 手を伸ばして握ったり開いたり。しばらく雪がてのひらをすりぬける感覚を楽しんでから、私は身を乗り出した。 窓枠に膝をかけ、めいいっぱい腕を伸ばして――。 「なにやってんだ早川ッ」 「へ…っきゃあっ?!」 突然腰に太い腕が回って、中に引きずり戻される。ごとん、がたんと机が倒れる音が耳朶につきささったと思ったら、今度は視界が反転して、くらくらと眩暈が起きた。 そのうち、すべての音が、しんと静まり返った。私は閉じていた目をそろそろとあげて、自分の下にいる人物を見て仰天した。 「え、な…っ…日比野先生?」 先生は頭をおさえながら起き上り、私の頭をぽくっと叩いた。 「窓枠がもろくなってるからのっかるなって朝のHRで言っただろうが!!」 「へ?あ……。」 そういえば。 少々反省してからのっかってしまったものは仕方がないだろうと思い直し、先生を見上げた。 「ほら、怪我ないですし」 「俺のおかげでなっ」 ぐわっとかみつくように言われて、私は少し肩をすくめた。 座り込んでいてもしょうがない、と先生は立ちあがって窓をしめた。私ものろのろ身を起して机を元の位置に戻した(どうしてこんなに散乱したのかは謎)。 「……ねえ、先生」 窓をこんこん叩いて強度を調べてる先生の背中に声をかけると、一瞬先生の肩が強張った…気がした。 私は息を吸い込んで続けた。 「この前の返事ください。私告白したんだから」 なさけないほど震えた声になってしまって、なんだかとても悔しくなる。 でもそれよりも悔しいのは先生からちゃんとした返事がもらえないことだった。 先週私は先生に告白した。高一の時から気になってて、本当に先生が好きなんですと、叫ぶように言った。一生に一度あるかないかの大決心をして言ったのに、先生はやる気ゼロ。 「だから言っただろ。先生と生徒は大人と子ども。付き合えないって」 「違うもん」 「違くないだろお前18だろ」 「だって、先生この前の町会でお前らは子供じゃないんだから≠チて言ってた」 うぐ、と先生が口をつぐんだ。けれどひらきなおったように切り返してくる。 「でも、大人ではないよな?まだ親の庇護をうけてる、学生としての責任もある」 「………ずるい」 「ほら、そういうところが子どもじゃねえか」 私は言い返そうとして、息を吸い込んだ。けれど言葉は出てこなくて、かわりに深いため息がもれてしまった。 でも。 「………大人にもなれるし、子どもにもなれるわ」 「…は?」 「私が先生のこと好きだっていう気持ちは、ほんとうだもの」 今度は先生からの反撃はなかった。代わりに痛いほどの静寂が教室に満ちる。 それが嫌で、私は踵を返して教室を出た。後ろから追いかける声は、なかった。 それでも好きっていう気持ちにかわりはなくて。 愛しくて愛しくて、痛いくらいだった。 ******* 先生に恋をした女子高生。 ずっとずっと想ってた。本当に好きな人なのに。どうして伝わらないのかな? |