「卒業おめでとう。」
ぽかんとした表情が数秒続き、ああ、と声が上がった。
なによ。なんか変なところ……ああそっか。
「…………おめでとう……どうしたんだよ…その髪…」
「そんな驚かないでよ」
「髪長いのしか知らないから……」
うん。そう。私は昨日伸ばしてた髪を切った。
切ったって言っても、肩より少し上くらい。でも二学期までは背中に届いてたからかも。
失恋したとか、そういう可愛らしい理由じゃないけどね。
ただ、甘ちゃんな私に必要だったんだ。今日くじけて逃げないように。
「ちょっとねー…」
寒くてよかったな、と思う頬が染まってても変じゃないから。
ストーブも消えた美術準備室は、シンと静まり返っていた。
「もったいねえ……」
「……うん。まあ、ね。でもこれも願掛け。」
ふっと前に視線を移す。貴方が見つめていたのは、貴方が描いた絵。
夕暮れに染まっていく教室を描いた絵。
最終下校までかかって、一生懸命貴方が描いてたのを私は知ってる。
「これ、持って帰るの?」
「……うーん…お前は?」
と、隣にたてかけてある絵を指差す。
夕暮れを描いた絵とは対照的な、真っ青な空が除く教室。
貴方がそんなに上手く描くのが悔しくて、でも貴方みたいには描けなくて、
少し苦い思い出がある絵だった。
「持って帰ろうと思ったけど、いま変わった。」
「?」
「この絵、私にくれない?」
「……へ?」
そして、私に正気か?とでもいいたそうな目で見られた。
そのまっすぐな瞳は変わってなくて。
分からないけど、私は泣きたくなった。
胃がきゅうっと締め付けられる感じ。
「……駄目?だって、第二ボタンとかよりもずっと良い。」
「別に、良いけどさあ……」
「じゃあもらいっ!」
貴方は目を細め、窓の外を見た。私もそれにならい、外を見る。
広いグラウンド。殺風景な校舎。
こことは、もうお別れなんだ。
目を横に滑らして、貴方をそっと見る。
貴方の声がすきだった。
貴方の瞳がすきだった。
貴方の、絵の具だらけの掌がすきだった。
部活をしているときの真っ直ぐな表情と、ふと見せる笑顔がすきだった。
「ねえ。」
貴方はふりむく。私は精一杯笑った。 本当は泣きたいけれど。
「何?」
「……私ね…」
想いが通じる、なんて贅沢は言わない。
この想いは、どんなタカラモノにも変えられない素敵なものをくれました。
「貴方のこと、ずっとずっと好きだったよ。」
貴方はさっき私を見たとき同様のぽかんとした顔。
「絵、ありがとう。」
つぶやいて、私は絵を抱えて駆け出した。
何も考えられない。視界がかすむ。頬に何度も涙が伝った。
でも、なんでかな。心はとってもすっきりしてる。
髪をきったおかげかも。
私は振り返って、大きく手を振った。
「ばいばーい!」
まだぽかんとしてる。やだな。でもそこも好きだったかも。
それに小さく噴き出して、背中を向けて、また走る。
この絵、どこに飾ろうかな。
短くなった髪が、春の風になびいた。
◇一言感想 このままでも喜びますv一言のお返事は日記にて。