少年は、深く息をついた。
耳を煩わせるのはがさがさごそごそどったんばったんぐしゃなどの騒音。
追っていた字の羅列に集中できない。
わざと音をたてて本を閉じるが、騒音は一気にやまない。
すみません。声を比較的大きくして音の主に声をかけるが、まったく気づかない。
少年は図書委員で。今日はカウンター係である。
もう一人係のクラスメートは部活かなんかでそうそうにたちさっていた。
少年はあきれ果てた目で本棚をひっくり返すのではと思うほど本を漁っている女性を見た。
自称大学生。ふわふわの髪を後ろでゆるくまとめて、微かに薫る香水の匂い。
顔は、まあ良いんじゃないか?
その女性は先ほどから同じ作業を繰り返している。
本を読むわけでもなく、ばらばらとページをめくって、目当てのものを探しているのだ。
多分いま手にしている本は本棚一個分目に値するだろう。
「………往生際の悪い女…」
「なによ。私は帰らないからね。それに、最終下校まであと一時間あるじゃない。」
中学生である少年にたいしてとは思えないほどの口調で女性はそう言い放った。
「学校内へ勝手に部外者が入ってはいけないという規則はご存知で?」
「知ってるわ。」
「あんた自身が部外者であることも?」
「あら、部外者じゃないわ。卒業生よ?」
「最近は卒業生でも厳しいんス。部外者であることは変わりないッスよ。」
「もう。最近の子はなんでこう生意気なのかしらね。年上のやることに文句はつけないものよ。」
「……………警察呼んでもいいんスよ。あんた窓から入ってきたから、立派な不法侵入罪で捕まえられるし。」
女性はむっと頬を膨らませた。
「ああもうっじゃああなたも付き合ってよ!」
「太古の昔のラブレターが見つかるなんてあるわけないと思うんで。」
「見つかるわっ」
「その根拠はどこにあんですか?」
「絶対っぜえったい!探し出して渡すんだもん!!」
キッと本棚を睨み挙げる。彼女が探しているのは「天使のいた教室」という小学生向けの本。
中学校であるここにはない、と言ってもきかない。
しぶしぶと調べたとき、一冊あることが判明したのが運のつきだった。
だがそれがない。もしかしたら目当てのものは別の本にあるかもしれない。と女性は意気込んだ。
「……なんで今頃なんスか。」
自称大学生の女は、動きをとめて、少年を見た。
「……………喧嘩、したの。」
「…は?」
「その、いま探してるラブレターを渡そうとしてた彼と喧嘩したのよ!!」
「付き合ってるんじゃないですか。」
「違うわっ……なんっていうか…あっちは私のことただの腐れ縁としか思ってないのよっ」
「…はあ…」
「それで、いきなり……来週から留学する、って…。
私にだけ、言ってなかったのよ!!言い忘れてたの!そんなのある?!」
肩につかみかからんばかりのいきおいで彼女は言った。
少年は息をついて、感情の無い瞳で彼女を見上げる。
「…そんでなんでわたしに言わなかったのーと喧嘩になった。」
「……」
力なく彼女は頷いた。
そしてカウンターにうつぶせて、どこか思いつめたような目で、
図書カード入れを見つめていた。
「私、告白もなにもしてないの……。中学のときは三年間同じクラス、同じ委員会…席もいつも隣に居られたのに。
高校は一度も同じクラスになれないし、あっちはどんどんかっこよくなってくし…
あげくにもっと手の届かないとこにいっちゃうんだもの。なのに私はいつも憎まれ口ばっかりで…」
「で、一度は諦めかけた告白を口で言うのは恥ずかしくて、ラブレターを探して中学からの想いを告げたい、と。」
「……あなたなんでそんなに私のこと分かるの?」
「いや、なんか似てるやつしってるんで。」
彼女を見ていて、誰かがちらついた。いまようやっと分かったのだが、
いま部活で席を外している図書委員のクラスメートの女子によく性質が似ているのだ。
直線的でつっぱしって、どこか一生懸命。
よくよく顔を見てみれば、薄化粧を落としたらかなり似ている、とおもう。
いつもどこか怒っているような顔も。
「………もとはといえば私があの本に挟んじゃったのがいけないのよね。」
「うん俺もそうだと思う。」
「あのねえ……こういうとき男だったらそんなことないよーって言って慰めてくれるものよ?」
「中学生男児にそういうことを求めても無理ッスよ。」
それもそうよねえ。と女性は苦笑いをした。
そして身体をおきあがらせ、しなやかにのびをした。夕陽によって茶髪が透ける。
どこか遠くを見つめながら、彼女は笑った。
「一生懸命書いたのよ。私…。委員会の当番のとき、渡そうって決めて…でも土壇場で渡せなかった。
忘れちゃってて…。………たとえみつかっても、駄目かもね。」
さっきまでのいきおいはどこへやら。女性は寂しげに呟く。
「分かんないっすよ。」
「いいよ無理に言わなくて。……あらかた探したけど、ないし。」
帰ろうかな。女性はそう呟いた。
少年はなぜか女性をこのまま返してはいけないような気がしてきた。
あんなに帰らせたがっていたのに。
「直接は?」
「……ううーん……無理ね。恥ずかしくて死にそう。それに、なんか………馬鹿にされそうで。
私、あいつとは喧嘩ばっかしてたから。
手紙だったら、飛行機乗る直前に渡して、機内で読んでもらえばいいもの。」
まったく。本当にあいつ≠ニそっくりだな。
おくゆかしいというか、まどろっこしいというか。よくいってロマンチックか?
ため息を吐いて、少年はにっこりとわらった。
「……んじゃ、カケしましょうよ。」
「?」
「俺も探すの手伝います。ただし、最終下校の五分前までです。
それで見つからなかったらすっぱりきっぱり諦めて…」
学ランを脱いで、カウンターにほっぽる。
「直接でキモチ、つたえてください。」
少年がそう言うと、女性は叫んだ。
「ええ?!」
「んじゃ始めますよ。ほら。」
「ちょ、ちょっとま…!」
「どんなのなんですか?」
「え、…えっと水色で…」
「宛先とか、書いたんですか?」
「う、うんそうよ。名前は…」
女性から漏れた名前に少年は目を見開く。
「へえ、俺と同じ名前。」
「そうなの?」
女性はびっくりしたように少年を見た。まあ同姓同名なんてよくあることだ。これも何かの縁だろう。
作業はもくもくと進められた。だれに図書委員を三年間やってるわけではなかった。
整理整頓や間違ってはさまった図書カードを見つける作業を続けている少年にとって、
朝飯前、だったのである。
結局、手紙は見つからなかった。
「やっぱり、そんな前のもの、残ってるわけ、ないかあ…」
女性はそう呟いて、だがなんだかすっきりしたような表情をしていた。
「うん。やっぱり、体当たりしてみるわ。約束だものね。…………ありがとう。」
そう言って女性は笑顔を浮かべた。
少々顔を赤らめながら少年は頷く。
と、そのとき、ドアの向こうからせわしない足音が聞こえてきた。
あの走り方――あいつ≠セ。
かくれてくれ、というべく女性を見ると、そこには誰もいなかった。
というかひっくりかえっていた戸棚はなにごともなかったかのように戻っている。
――なんで?
呆然としているうちに、ドアからひょっこりと二つ結びをした少女が現われた。
膝丈のプリーツスカートを揺らして、少年に近寄る。
「ごめん!なかなかおわんなくて……、…どうしたの?…ねえちょっと?」
「……なあ。この学校って七不思議あったっけ?」
「はあ?ちょっとどうしたのよ。」
不思議と、恐怖感はわかなかった。
少し口元に笑みを浮かべて、少年は少女に向き直る。
「それよりお前おせーよ。」
「な、なによっこれでも急いだのよ!これから片付けに行かなくちゃいけないから!」
「へー。じゃあ俺に戸締りすべてやれ、と。」
「わかってるじゃない!」
「だてに三年間一緒にやってねえよ。」
ふと少女の頬が染まるが、少年は気づかない。
「明日はぜーんぶやってあげるから。」
「へいへい。で?その本、返却すんだろ?」
「あ、うん。頼んでいい?」
「いいぞー。じゃな。」
「さんきゅっ」
珍しく笑顔を浮かべて少女は去っていった。
少年は忙しい奴、と呟いてから本のタイトルを見て、目を見開いた。
『天使のいる教室』
「………あ…」
あいつがもってたのか。まあ良いけどな。
慌てて入れたのか、図書カードが反対になっていた。
やれやれ、とそれを戻す。ふと、ページの間に何かが挟まっていた。
栞、ではなかった。もっと大きい…
「手紙?」
なにかが背筋をかけのぼった。
それを恐る恐る抜き取ると、水色の封筒。
宛先人は――俺。
差出人は――あいつだった。
「…………う、そ…だろう。」
中身をあらためると、あいつらしい字で、書かれていたのは、
日頃の恨みと、そして、
好きです。
という言葉だった。
少年は顔を真っ赤にして、それをポケットにしまった。
こんな偶然ってあるのかよ。
ていうかあいつあの様子だと挟んだの忘れてんな。
しばらく悶々としてから、少年は不意に女性の言葉を思いだす。
( 体当たりしてみるわ。 )
「……待ちますか。」
誰ともなしに呟いて、少年は戸締りにかかった。くすくすと笑いながら。
夕陽は、図書室の中を静かに見守っていた。
あとがき>>
ほのぼの。ちょっと不思議テイストに。放課後って、なんだか不思議なことがおこるような気がしません?
私は夕暮れに染まった教室とか図書室に一人で居ると、ふっと異世界に飛べるかも?
なーんてあほなことを考えたりしてしまいます。
◇一言感想 このままでも喜びますv一言のお返事は日記にて。