君が好きだから
まだ、信じられない。
わたしは隣を歩く木ノ内くんの横顔をそっと見上げた。ちょっと気難しそうな表情を浮かべている。
二学期になってからずっと見続けてきた横顔が、すぐ近くにあって。
それから。
(…告白、されたんだよね……)
ぱっと木ノ内くんから視線をそらして、自分のローファーへ向ける。まだ胸がドキドキしてる。
それに、キスされた唇は熱を持ってるのかな。ほてってるみたい。
初めてのキス。それも、大好きな人との。
つい数時間前は、胸がつぶれるほど痛くて、つらかったのに。
今は、嘘みたいに痛みが消えて、やわらかい毛布にくるまれてるみたいにほかほかしてる。
「…ま、鷺沼?」
「ぅえっ? あ、なに?」
ぽおっとしてたら、眼の前に木ノ内くんの顔が合ってすごくびっくりした。どきっと跳ね上がる心臓を抑えるように制服のリボンを握りしめて、かろうじて笑い返す。
「えっと…ぼうっとしてたけど、だいじょうぶか?」
「うんっごめんねっ。だいじょうぶっだから、えっと…もう一度言ってくれる?」
よかった、と木ノ内くんはこぼして、小さく笑った。
うわ…、耳まで熱くなってきちゃった。
いままでは笑顔なんて、ほんとに少ししか見られなかったのに。これからは、たくさん見られるのかな。
挙動不審な私をちょっと不思議そうに見ながら木ノ内くんは口をあけた。
「携帯のアドレスと番号…交換しないかって言ったんだけど…」
「………え? あ、うんっするっ」
嬉しいっ。そっかメールや電話もできるんだ。どうしよう顔がにやけちゃってるかも。
持っていたカバンを抱えて、ごそごそと携帯を探す。
…あ、あれ? いつもならすぐ見つかるのに。ひえええ。香奈ちゃんにたくさん漫画借りちゃったからと教科書がぐちゃぐちゃになってるっ。
(ていうかどうしてこんな時に限って筆箱あいてるのーっ!)
木ノ内くんが、慌てなくていいよ。って言ってくれてるけど……はうっ木ノ内くんもう携帯持ってるしっ!
そっかポケットに入れとけばいいんだ。
今度は恥ずかしさで頬に熱が走る。うつむいて、半泣きになりながら鞄をかきまわすように探していると、鞄の底にお気に入りのテディベアの携帯ストラップが見えた。
「よかった。あった…」
急いでストラップのひもを引っ張る。
すると、その反動でばさ。と鞄から半分飛び出ていた古典の教科書が落ちた。数学も、現国も。とどめをさすように最後は口をぱっくりあけた筆箱の中身もばらばらと足もとに落ちる。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「だ、だいじょうぶかっ?」
………私の馬鹿。
木ノ内くんが手際よく散らばったものを集めてくれて、はい。と手渡してくれた。
暗くしぼんだ気持ちでそれを受取る。情けなくてかっこわるくて、もう泣きたくなってきちゃう。
「…鷺沼? どうかした?」
鞄を抱きかかえて、うつむいたら、上から木ノ内くんの心配そうな声が降ってくる。
まだ顔があげられないまま、蚊の鳴くような声で返事をした。
「ご、ごめんね…」
「? なにがだ?」
「……鞄の中身、ごちゃごちゃで…しかもぶちまけて、あきれちゃったよね?」
嫌われたらどうしよう。それが怖くて、ぎゅうっと目をつむる。
一拍間をおいてから、木ノ内くんが笑った気配がした。疑問に思って視線を上げると、木ノ内くんは優しく笑う。
あ…。えくぼができてる。
「まさか。鷺沼、教科書全部持って帰ってるんだな。俺なんか、ほらからっぽ」
差し出されたカバンの中身をそおっと覗くと、お弁当箱と、筆箱だけがきまりわるそうにおさまってる。
「呆れるわけないじゃんか。重そうなの持って、えらいとおもう」
「で、でもっ木ノ内くん鞄と一緒におっきいスポーツバック持ってるもんっ。木ノ内くんの方がえらいよっ」
びしっと木ノ内くんの肩にかかってる青いスポーツバックを指差すと、木ノ内くんはきょとんとした表情を浮かべた。
「そうか? ううーん…別に重くないんだけどなあ」
「…ええっそうなの?」
「まあ女子には重いかも……って……ええっと、携帯出せたよな?」
「あっ…う、うんっ」
いつの間にか話の主題がずれちゃってた。そう。メインは携帯だよ携帯っ。
「赤外線でいい?」
「いいよ。じゃあ私から…」
ボタンを押して、アドレスと番号を表示させて、赤外線ボタンを押す。
ピッピピッ。
「あ、きたきた。じゃ、俺の番な」
「うんっ」
ぎゅっと携帯を握りしめる。電波ずれてないよね。ちゃんとくるかな。木ノ内くんのメールアドレスってどんなのなんだろう。
そんなことを考えているうちに、携帯の画面にピッと赤外線受信のメッセージが表示された。
くすぐったいような気持ちになりながら、電話帳に保存する。
そのときにアドレスを見て、つい吹き出してしまう。
soccer.ball.soccer@……
「?」
「木ノ内くん、サッカー本当に大好きなんだね」
「あっ、それは、メアドつくるときに面倒くさくて…適当に決めたやつで…」
慌てふためく木ノ内くんの様子がなんだか可愛くて、またくすくすと笑ってしまう。
木ノ内くんはうーと唸ってから、はた、と自分の携帯画面を見つめる。
「…鷺沼はこってるし、いっぱい単語あるな」
「え? そうかなあ…これ、友達の間では一番短いって言われてるんだけど…」
ひょこっと木ノ内くんの携帯を覗き見る。
yuka_ko.lapis-lazuli.25@……うん。やっぱり短い方だ。
「まじで? これより長いの?」
「うん普通にいるよ? 歌詞とかそのままいれたりとかアイドルのフルネームとか」
「へえー…」
(……あ)
「わたし、木ノ内くんとこんなに話したの、初めてかも」
「え? あ、そういえば、そう、だな」
とたんに木ノ内くんが顔を赤くしたから、わたしも頬が熱くなってしまう。
木ノ内くんはへら、と笑顔を浮かべた。
「これから、もっと話せると良いな」
「……! うん」
愛ちゃんから見れば、まだまだ「恋人」とは呼べないかもしれない。
でもいいんだ。
これからゆっくり木ノ内くんのことを知ってもっともっと大好きになりたい。
木ノ内くんがそっと右手をさしだした。どうぞ、なんて言って。
わたしはかちこちになっておねがいしますって応えて。
そっと左手を重ねた。