君がみた 色



 卒業式の日、俺は早く起きて、絵を描きつづけた部室にきた。
 いま見ている絵は、自分で描いたもの。
 そして横にある絵を見て、笑みがこぼれる。
 まるでそれを描いた奴がそのまま表されているような、まっさおな空。
 本人は気に入らないとかほざいていたし、俺もまあからかっちまったけど、
 本当は、俺としては結構好きだったんだよな。この絵。
 

 ふと廊下の方から誰かが走ってくる音が聞こえた。 
 こんな朝早くに、俺みたいな奴いるんだな、と思った。
 そして、ドアからのぞいた顔に、仰天した。
 それは青空がのぞく教室を描いた、君だった。
 君は俺がいたことに、別に驚きもせず、近づいた。俺はまだ声が出ないでいた。 


「卒業おめでとう」

 その言葉に、ハッとわれに戻り、俺は慌てて返事を返す。


「…………おめでとう……どうしたんだよ…その髪…」

 背中にまで届いてた髪が肩より少し上で揺れていた。
 あんなに髪を必死に伸ばしていたくせに。
 
「そんな驚かないでよ」
「…髪長いのしか知らないから……」

 本音を言う。さきほどから心臓が五月蝿い。
 卒業式だから、気分が高揚しているのかもしれないが、多分違う。
 そばで喧嘩して、張り合って、笑いあった仲間が、可愛く見えてしまった。

「ちょっとねー…」
 
 寒くてよかったな、と思う頬が染まってても変じゃないしな。
 ストーブも消えた美術準備室は、シンと静まり返っていた。
 
「もったいねえ……」
「……うん。まあ、ね。でもこれも願掛け。」
 
 君はふっと前に視線を移した。見つめるのは、俺が描いた絵。
 夕暮れに染まっていく教室を描いた絵。
 最終下校までかかって、一生懸命俺が描いてたのを、君はからかいながらも応援してくれたことを思い出す。 
  
「これ、持って帰るの?」
「……うーん…お前は?」

 と、隣にたてかけてある絵を指差す。
 夕暮れを描いた絵とは対照的な、真っ青な空が除く教室。
 二人で張り合って描いた絵。

「持って帰ろうと思ったけど、いま変わった。」

 寒さからか、君は少し震えていた。

「?」
「この絵、私にくれない?」
「……へ?」

 俺は思わず君を見つめる。自然と上目遣いで見つめられ、
 胃がきゅうっと締め付けられる感じがした。

「……駄目?だって、第二ボタンとかよりもずっと良い。」
「別に、良いけどさあ……」

 俺はなんでもないふうに視線をそらし、そうもらす。

「じゃあもらいっ!」 

 俺は目を細め、窓の外を見た。君もそれにならい、外を見る。
 広いグラウンド。殺風景な校舎。
 いつもと変わらない景色なのに、落ち着かない。

 目を横に滑らして、君をそっと見る。

 あらためてみれば、可愛い顔してんだよな。
 喧嘩ばっかしてたし、笑顔とかあんま見れなかったな。 
 …俺がいつも怒らせてたのかも。 
 またなにかが競りあがってきて、俺は視線をそらす。


「ねえ。」

 震えた声が、聞こえて俺は君を見る。
 君は泣きそうな顔で笑った。

「何?」 
「……私ね…」
 
 なんだよ。おまえ、いつもの元気どうしたんだよ。
 軽口が出なかった。喉でなにかが言葉をせき止めていた。

「貴方のこと、ずっとずっと好きだったよ。」
 
 …………え?
  
「絵、ありがとう。」

 つぶやいて、君は絵を抱えて駆け出した。
 何も考えられなかった。ただ呆然としていた。
 
 ドアのところで君は振り返って、大きく手を振った。


「ばいばーい!」


 君は背中を向けてしまう。俺は、まだ呆然としていた。
 いま君に言われた言葉が、頭の中でリピートされてる。
 
 どんどん、遠くなっていく足音。
 なぜかそれを失いたくなかった。


「…………まてよッ!!」

 
 半開きのドアを叩きつけるようにあけて、俺は廊下の向こうに居る君に届くように、
 ありったけの声をだした。
 開け放たれた窓から、桜の花びらが舞い落ちる。
 思ったより近くに居て、急に気恥ずかしくなった。 

「……………おれさ、お前のあの絵、結構好きだった!!色が、綺麗で、お前の見てる色は、どんななんだろうって、
 すっごいうらやましくてさ、からかったけど、ほんとは、気に入ってた!」
 
 まっすぐ目を見る。泣いたんだろう。目は真っ赤だった。
 またなきそうになる。俺は慌てた。

「………俺、お前が絵を描いてるところとか、怒ってるときの顔とか、…………あー、もうなに言ってるかわっかんねえ。」

 俺は、頬をかきながら、照れてしまった。国語は下手だ。
 だけどせめてこの気持ちだけは言わなくちゃいけない。
 




「……………俺も、…君が、好きです。」



 春の風が、短くなった君の髪を撫ぜた。




- 終 -

◇一言感想

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