Heavenly Days
優斗の瞳が、唇が、伸ばされた手が、ぼんやりと光って、ぱっと粒子のように散った。
泣きそうだったな。一人で泣くほど寂しいものって、ないよね。
でも、後悔はしてないよ。
わたしの精いっぱいのプレゼント、してあげたかった。
優斗に笑って欲しかった。きっと、サッカーやってるときの優斗はあんなに無愛想じゃないって、なんとなく分かるんだ。
その笑顔が見れないのは、すっごくかなしいなあ。
真っ白な空間で、片方の翼がばらばらと散っていく。ひとつ。ふたつ。みっつ。
身体の輪郭もほどけるように崩れていく。
――消えちゃうんだ。
もう、二度と優斗の怒った顔も、笑った顔も、見れないんだ。
頑張ってる優斗を、応援できないんだ。
もう誰もいないから、ぷっつんと我慢の糸が切れてしまう。
わんわんと子どものように泣いて、泣いて、何度も何度も優斗を呼んだ。
普通の女の子に生まれればよかったのに。
それで、優斗と同じ学校に行ければよかったのに。
どうして、天使なんかになっちゃったんだろう。
どうして、
そこで、視界が真っ暗になった。
違う。白い空間から真っ暗な場所に翔んだみたいだ。でも、ほんとうにまっくらじゃない。光がある。
一面の星空が頭の上にも、足の下にも広がっている。ふわん、ふわんと体が浮いた。
そのとき、大きな温もりに包まれる。
宝石が散りばめられたような星がきらきら光りはじめて、流れ星がいくつもみえた。
自分を包んでいるのは誰なのか、何なのか、良く分からない。
ただ、頭の中に優しくて穏やかな声が響いた。
(合格だよ。セラ。――さあ、お戻り)
どこからか機械音が聞こえてくる。ばたばたとせわしない人の足音も聞こえてくる。
ずしり、と重くなった身体に、眉をひそめた。
「……世良? 世良!!」
必死に誰かがわたしを呼んでる。ああ、お姉ちゃん。
頭がよくて、美人で、でもちょっと意地悪なお姉ちゃんの声だ。
どうしてこんなに慌ててるんだろう。
不思議に思って、重たい目を一生懸命に開いた。
「…お…ね…」
酸素マスクがつけられていて、うまく話せない。でも、お姉ちゃんには伝わったようで、お姉ちゃんの綺麗な唇が震えてる。
「わたしが、分かる…?」
「さ…ら…お…ねちゃ…」
沙良お姉ちゃん。私より一つ上のお姉ちゃん。わかる。わかるよ。
ぼんやりした頭でこっくりと頷く。
そうすると、お姉ちゃんは顔をくしゃくしゃにしてぼろぼろと泣きはじめる。
(お姉ちゃんが、泣いてるの始めてみた…)
「よかった…っよかった…世良…っ」
沙良お姉ちゃんのほっそりとした手が私のてのひらをぎゅっと包み込む。ほたほたとあったかい雫が触れて、なんだかくすぐったかった。
瞬きをゆっくり繰り返しながら、どうしてこんなところにいるのかと考える。
脳裏に、車のブレーキ音と、誰かの悲鳴が響いた。
(そっか…わたし…事故にあって…)
そのあとの記憶は曖昧だ。なんだか空をふわふわと飛んでいた気がする。
それから、男の子にあって…。
「ゆ…と…」
かすれた声でつぶやいて、わたしは目を閉じた。なんだか、すごくつかれちゃった。
お姉ちゃん泣き声うるさいなあ。
目を開ける。まだうまく喋れないから、お姉ちゃんの手を握りしめる。
お姉ちゃんは泣いて泣いて、ぐしゃぐしゃの顔だった。いつもメイクをばっちりして、気の強いお姉ちゃんはどこにもいなかった。
(こっちのお姉ちゃんの方が好きかも…)
なんて思いながら、おねえちゃん、と口だけでしゃべってみる。
そうすると、お姉ちゃんの瞳にみるみる新しい涙が盛り上がって、ぼろぼろと頬を落ちる。
「心配、したのよ…っ!」
お姉ちゃんはそのまま小さな子みたいに泣き崩れてしまった。そんなに泣かないで、と言いたかったけど、すごくおおきな睡魔に襲われて、だんだん瞼が重くなっていく。
おぼろげになっていく視界の中で、お姉ちゃんの肩を支えて出て行く人の姿が見えた。
誰だろう…?と心の片隅で疑問に思いながら私は瞼を閉じた。
すべてがおぼろげだった。あれは、夢?
優斗に会ったこと。喧嘩したこと。――キスしたこと。
目覚めたら、きっとそれがわかる。
もし願いがかなうなら。
夢の先には、優斗がいてほしいな。